« 人材、人在、人財 そして 人罪 | トップページ | テレビは営利企業である »

2006/10/02

ニート

 ニートが一般的に使われるようになって、数年がたった。
ニートの定義や実情については他のサイトに任せるとして、ここではマスコミや政治屋が ”ニート” と呼ばれる人たちをどのように扱ってきたかについて私なりの意見を述べたい。

 マスコミ、特にテレビのワイドショーなどで “ニート” が特集されると、たいてい “社会のお荷物” “社会に適応できない負け組” といった、悪意に満ちた報道がされる。そして “ニート” という悪い状態に陥ったことを、本人の気質の問題と決め付けている場合がほとんどである。
首相や野党幹部といった政治屋の多くも、やはり同様に “ニート”=社会悪 そして本人にすべて責任がある、といった旨の発言を繰り返ししている。
はたして本当にそうなのだろうか?

 私の持論の一つが 「人は自分を満足させる行動しか取らない」 である。仮にいっけん自己犠牲のように見えても、よーく考えると “人の役に立ったという満足感” や “人にいいカッコができたという自己満足” がある。
であるからして、ニートしている人たちも、それがその時点で自分を満足させている、ということになる。そもそも、たいていのニートな人は生活に困っていないのである。ムリに働かなくても生活していけるからこそニートしているともいえる。
(そもそも、ある一つの組織の中で、その一部だけが働いているというのは、決して特異なことではない。一番身近なのは蟻である。よく言われるように、働き蟻の実は三割しかきちんと働いては折らず、残りの七割は何するわけでもなくプラプラしている。ところが、三割の働き蟻だけを集めてもやはり七割は怠け蟻になってしまう。七割の怠け蟻だけを集めると、その中の三割が働きありになる。)
一方それを外から見ている赤の他人や権力者から見ると、ニートな人たちは税金を納めず、日本のシステムに貢献していないとうつる。だから、国を安定して運営していこうとする権力者達はニートを悪人に仕立て上げる。曰く、「きちんと働いていない人々はどうしようもないろくでなし」であると。
しかし、ニートな人にしていれば、生活に困っているわけでないし、働いて税金や年金を払っても将来自分達の暮らしが楽になるという確信が持てないでいる。言い換えれば、今の日本のシステムに不満があるのである。

 そう、“ニート”という現象は個人のやる気や根性の問題ではなく、現在の日本の社会システムの問題なのである。働いても報われるとは限らない。そして、権力者や一部の政治屋とその周辺の人間だけが、濡れ手に粟のごとくかき集めた税金を自分の懐に入れて自分達だけが潤っていく。“ニート”はそんな今の日本システムの問題なのである。
政治屋たちは楽して儲かる税金や年金を納めてくれる人たちが減ると困るのである。だから、ニートを悪者に仕立て上げてスケープゴートにしようとしている。マスコミ、特にテレビはそんな政治屋・権力者に擦り寄って、彼らの考えで人々を洗脳しようとしている。

 本当に “ニート” が大きな問題なのであれば、今のこの日本のシステムを変えればいいのである。
官僚・公務員もちゃんと責任をもって行政を行い、問題が発生すればきちんと処罰される。税金や年金などは、官僚や政治家が好きに使えないように、はっきりとしたガラス張りにすべきなのである。

|
|

« 人材、人在、人財 そして 人罪 | トップページ | テレビは営利企業である »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61641/11959443

この記事へのトラックバック一覧です: ニート:

« 人材、人在、人財 そして 人罪 | トップページ | テレビは営利企業である »