« ポケモン スタンプラリー 2006 | トップページ | 男脳・女脳 »

2006/10/13

トイレタイム

 『“テレビCM崩壊”時代、ネット広告の役割とは』という記事を読んだ。
「テレビCMの効果が薄くなってきたと今になって言われるが、テレビCMは前から“トイレタイム”と呼ばれていたではないか」
という書き出しを読んで、「そうだった、そうだった」 笑いながら、いきなり納得してしまった。実際、私はほとんどテレビCMを見なくなった。テレビそのものを見なくなったということもあるし、テレビ番組を見るときもリアルタイムで見ることはほとんどない。見るときは一度ハードディスクレコーダーに録画してから、CMを飛ばしつつ最短の時間でテレビ放送を見ている。

 私は以前より、今の電波による無料テレビ放送のビジネスモデル、にはかなり批判的である。また、そういう立場でこれまでも何度か投稿してきた。公共の資源である電波を独占的に使い、社会的な地位や経済的な恩恵を独占してきている既存のテレビ局やそれに癒着している広告代理店、制作会社、タレント事務所などは、今この瞬間にも解体して欲しいくらいである。無料放送ということになっているが、高い番組制作費=高い広告料は、結局、広告を出している会社が提供しているテレビ番組を見ていない、その会社の製品の購入者にも回されているだけなのである。

 映像コンテンツを電波を使ったテレビ放送でしか配信できなかった時代ならまだしも、今はいろいろな映像配信技術が既に確立している。ケーブルテレビもある、インターネット配信もある。そんな時代において、地上デジタル放送への切り替えがほんとうに必要なのだろうか? 私には、既得権益者である既存のテレビ局やその周辺の既得権維持のためにやっているようにしか見えない。
「ケーブルテレビやインターネットが普及していない地方を切り捨てるのか!」 と言い出す人たちが必ずいる。そんなものは、地方にそれらを普及させればいいだけである。そちらの投資のほうが他にも流用できる投資だし、日本全体を地デジ化するよりも安く上がるように思うのだが。既存のものを残すことのみを主張するのは、その既存のもので何らかの恩恵を受けている人に違いない、というのが私の思い込みである。
「地方を切り捨てるのか!」 というのは、反対するときの常套文句になっている。国鉄民営化、そして郵政民営化のときもそうであった。そして、少なくとも国鉄民営化は、地方路線の廃止であるとか問題を生み出しつつも、全体としてみれば、赤字垂れ流しから利益確保へ、民営化が正しかったことと私は確信している。

 「既得権を守って何が悪い!」 といわれそうだが、私は既得権を守ることが悪いとは思っていない。私の持論である 「人は自分が満足するようにしか行動しない」 に照らし合わせれば、自分のもっている既得権を守るのは当たり前の行動であり、私もそれ自体は悪いとは思っていない。
私もただ、自分を満足させたいだけである。自分を満足させるためには、私の周りにも満足した人が多いことが重要となる。ごく一部の人の既得権は、その限られた人たちを満足させて、その他の多くの人を不満にする。だから私は既得権の必死に守ろうとすることに否定的なのである。

|
|

« ポケモン スタンプラリー 2006 | トップページ | 男脳・女脳 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61641/12251446

この記事へのトラックバック一覧です: トイレタイム:

« ポケモン スタンプラリー 2006 | トップページ | 男脳・女脳 »