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2006年12月の28件の記事

2006/12/29

犬はいいな~

 子供の頃から動物が好きだった。金魚やカメ、小鳥を飼ったことはあったが、犬や猫を飼ったことはなかった。犬や猫も飼いたかったのだが、賃貸住宅住まいであったり、親が認めてくれなかったりして、子供の頃は犬、猫を買うことができなかった。自立してからも賃貸住宅住まいが続いているため、当分は犬、猫を飼うことはできそうもない。

 自分で飼うことができないので、なおさら道端で出会う犬、猫や、インターネット上で見る犬、猫がかわいく見えてしまう。

 で、他のサイトで紹介されていたかわいい犬のビデオがあったので、ここでも紹介してみようと思った。

 ちなみに、私は犬派、カミさんは猫派、である。

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2006/12/28

EIZO ScreenManager Pro for LCD

 前日に、モニターの色温度を ‘5000K’ に変えた話を書いた。実はもう一つ試したものがあった。それがタイトルにも書いた “EIZO ScreenManager Pro for LCD” である。最近購入した EIZO FlexScan S1721 に付属してた。

 EIZO ScreenManager Pro for LCD は何かといえば、液晶モニターの調整機能をすべてPC上から設定の変更が行えるというモノである。液晶モニターが持つ調整機能をすべて Windows 上のツールから変更ができるたいへん便利なモノ、・・・ なのだが、私が買った FlexScan S1721 では、設定できる項目が多くないため、実は‘液晶モニター内の調整機能’も‘PC上のツールを使った調整’も対して使い勝手は変わらなかったりする。

 しかし、使い勝手だけでなく、EIZO ScreenManager Pro for LCD の最大の価値は “オートファインコントラスト機能”にある。オートファインコントラスト機能 は、現在アクティブなアプリケーションに関係付けて、モニターの設定を一括で変更できるというものである。

 そこで私も、オートファインコントラスト機能 を使って、写真の調整・修整に使っている‘ペイントショッププロ’がアクティブのときだけ、色温度を 5000K にして、それ以外のときは、色温度を 6500K になるように設定を行った。

 実際に ペイントショッププロ を起動させる。ペイントショッププロがアクティブになると、・・・ 「お~、画面が黄色っぽくなった。」  ペイントショッププロを最小化すると、・・・ 「お~、画面が青っぽくなった。」 (パチパチ)。

 で、しばらく使っていたのだが・・・。

 ペイントショッププロになったときだけ、急に画面全体が黄色っぽく変わることが、どうしても気になってしまう。いわゆる ‘落ち着かない’ 状態にさせられる。アクティブなペイントショッププロ だけではなく、たとえば後で表示されているIEの背景も急に黄色っぽくなるので、とても違和感がしてしまうのである。

 で、結局、オートファインコントラスト機能 をオフにして、モニターの色温度を常時 5000K で使うことで落ち着いたのだった。orz

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2006/12/27

液晶モニターの色温度

 最近、液晶モニターの色温度を “5000K” で使っている。5000K での光の三原色の割合は、

  赤、緑、青 = 100%、89%、78%

となっている。つまり、‘赤っぽい’画面ということになる。

 一般に、日本人は太陽光に近い‘青っぽい’室内灯を好み、欧米人は電球のような‘赤っぽい’室内灯を好む、と聞いたことがある。実際、アメリカで生活しているときは、青白い蛍光灯を使っているのは、会社のビルの中とか、大きなショッピングモールであった。プライベートな空間ではほとんどが赤っぽい電球で、しかもほとんどが間接照明。私が借りたアパートも、備え付けの照明器具はすべて間接照明であった。間接照明だけでは暗くて、とても夜にまともな生活ができそうになかった。そこで、大型ショッピングモールにいって、明るい大型のハロゲンランプを二台ほど買ってきたほどである。

 部屋の照明が暗いのは、日本人と欧米人の光に対する目の感度が違うからという話も聞いたことがある。欧米人は目が黒くないため、光に対する目の感度が高く、まぶしく感じやすい。そのために、夏はサングラスが必要になる、みたいな話を以前どっかで読んだ気がする。

 とまあ、いつのまにか話が脱線してしまった。

 液晶モニターの色温度を 5000K にした。理由はひとえに、少し前に記事にした “ICM” のためである。モニターの色温度の規定値(≒ 標準)は  6500K である。6500K だと、モニター上の白がいわゆる人がイメージする白に近い。私は、CRT モニターのときも含めて、今まではほとんど 6500K か、時にはもっと青い 9300K で使ってきた。ところが、6500K 状態で、‘印刷用紙の白’を表現すると、どう見ても白が‘クリーム色’にしかならない。写真上の白く印刷したい部分がクリーム色で表示され、しかも絶対に‘白く’できない。以前の記事では、「白を青にシフトする」 ことを書いたと思う。それをしても、やはりどうにも落ち着かないのである。

 液晶モニター用の ICC プロファイル に 5000K 用のプロファイルがあるのを思い出したので、ためしに液晶モニターを 5000K にして写真を表示させてみた。

 すると、数値上の‘白’が、見た目もかなり白っぽく表示されたのである。つまり、モニターの色温度を 5000K にすると、‘モニター上の白’が‘紙の上の白’にかなり近くなることに、ようやく気がついたのである。この状態で写真を調整すると、かなり落ち着いて調整できることもわかった。

 といった理由で、液晶モニターの色温度を 5000K に変更したわけである。切り替えた直後は、やはり全体が‘赤っぽく’というか‘黄色っぽく’感じて、落ち着かなかった。しかし、一日二日使っていくと、人間というのはやはりうまくできていて、気にならなくなったのである。

 結局、写真を調整するときのことを優先して、常時モニターの色温度を 5000K にすることにした。

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2006/12/26

築地市場

 今日(12月25日)は、築地市場に行ってきた。カミさんが 「クリスマスだから何かおいしいものを食べたい」 と言い出したことから始まった。前日にテレビで築地市場内の食堂が取り上げられていたらしく、「行ったことがなかったから、いってみよう」ということで、おいしい海産物を築地市場に食べに行くことになった。

 住んでるところから一時間弱で築地市場に到着した。

 さっそく食堂が集まっているところを見て回る。自分達がよさそうだと思っていたところには、案の定、長い列ができていた。遠くから見ているだけでは当然食べられない。さっそく海鮮丼の店に並ぶことにした。並び始めてしばらくすると、お店の人に 「うちは子供連れはお断りしてるんだよね~」 といわれてしまった。今時子供連れを断る店があるんだ~、とちょっと納得できないところはあったが、断っているといわれたらしょうがないので、隣店に並ぶことにした。

 二軒目の食堂はマグロ丼中心のお店だった。私はマグロ以外の魚が好きなので、断られた店の品揃えが気に入ったのだった。とはいえ、二軒目の食堂にもマグロ以外のネタはあるので、それを注文することにした。

 私は “トロサーモン”付きの北海丼、カミさんは 中トロ・イクラ・ウニ丼、子供は 中トロ・サーモン丼 を注文した。

 この中のネタで一番人気だったのが、実は “トロサーモン” だった。“トロ”の名に恥じない脂の乗ったサーモンだった。全部で六切れのっていて、子供が三切れ、カミさんが一切れ、そして私が二切れ食べた(苦笑)。

 それ以外のネタもとてもおいしかった。子供も、ご飯は残したものの、のっていたネタは私のところからもっていったものも含めて、すべて食べてしまった。やはりおいしかったのだろう。

 食堂を出た後は、卸売りをしている市場の中を少しだけ見て回った。お昼もだいぶ過ぎていたので、すでに取引は終わっていた。ほとんどの売り場は後片付けも終わっていた。

 後片付けをしている店を通り過ぎようとしたところ、店のおじさんに呼び止められた。どうやら、マグロのアラの解体をしているようである。新鮮なアラからとった刺身があるから食べていけ、というのである。せっかくなので、少しご馳走になった。アラとはいっても、赤身から中トロにかけての部分である。脂が乗っていて文句ないおいしさであった。食堂でお腹一杯食べてきた後ということが、たいへん悔やまれた。それでも家族それぞれが、数切れずついただいた。家族で食べた分を食堂で注文すればおそらく千円はくだらないと思われた。どこのお店か忘れてしまったが、たいへんご馳走様でした。(‐人‐)

 お腹もいっぱいで、夕方までにはまだ時間があるということで、汐留まで歩いていくことにした。

 汐留の “日本テレビタワー” に行くと、なにやら人だかりが・・・。どうやら、少し前に完成した “宮崎駿”氏がデザインした“からくり時計”がまもなく動く時間らしい。私たちも鑑賞エリア移動してしばらく待つことにした。

 五分くらい待つと・・・、「お~、動き出した動き出した」。 「へ~、あんなとこまで動くんだ」。 「おっ、やっぱり、手に持ってる球が開いた」。 とかいいながら見ていた。三分ぐらいでからくりは終了した。

 その後は、日テレショップをぶらぶら見て、「うゎ~、こんなものまでキャラクターグッズにするんだ~。 商魂たくましいな~。」 とか思いながら、結局何も買わずに後にした。(笑)

 後は、新橋駅からJRに乗って家路に着いた。という、今日はなんとも平和な一日だった、というお話。

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2006/12/25

これでテレビ放送ビジネスモデルが変わる・・・かも

 日本国内の動画投稿サイトが、急速に立ち上がっているらしい。YouTube の人気を、やはり放送関係者は無視できなかったようだ。主導権を別な業界ににぎられるくらいなら、とテレビ放送で甘い汁を吸っているテレビ局自らが、動画投稿サイトを活性化しようとしている。

 以前から何度も書いているが、私は今の電波を使ったテレビ放送のビジネスモデルは、きわめて問題が大きいと思っている。管理がしやすい、統制がとりやすいという意味で、政治屋や政府官僚にとっては、きわめて都合のよいシステムである。一部の人間に都合の悪い情報(しかし、多くの国民にとって重要な情報)を隠蔽しやすい、このテレビ放送モデルは、いまや多くの国民にとってはデメリットのほうが多いと、私は考えている。テレビ局ばかりが公共財産である電波を独占的に使い、テレビ局とその関係会社のみが多額の利益を楽して上げている、ということが現在のテレビ放送ビジネスモデルの問題を象徴しているように思う。

 もちろん、裏づけのきちんと取れた情報を放送することで、人権や名誉毀損といった問題を回避してきたと思う。しかし、松本サリン事件での安易な犯人扱いや、引越しおばさん事件での一方的な報道のされ方(2chでは、マスコミ報道とは異なる情報が寄せられている)を見ると、テレビ局のチェック機能も万全ではない。

 また、国外からの悪意に満ちた情報が、安易に国内に流さない防波堤の役目も果たしてきた面もあった。しかし、すでに時代はインターネットで、情報が国境など関係なく流される時代になっている。たとえば、ポルノ映像の制限など、いまやほとんど意味を成していない。

 そしていよいよ映像発信ビジネスが、新たな段階に入ろうとしていると私は思っている。“インターネット”、“ホームページ”、そして“ブログ”で、文字+写真情報の流通が変わった。インターネット以前は、個人が全国に自分の意見を発言しようとすれば、大手の新聞や雑誌に投稿するぐらいしかなかった。新聞や雑誌には編集者という “偏った” フィルターが存在するため、そのまま自分の意見を発表することは実質的に不可能であった。出版という手もあったが、費用の面であまりにも敷居が高すぎた。それがインターネットの普及にともない、自分の意見を日本中はおろか、世界中にさえ発信することができるようになった。ブログがなければ、私もこうやって全国に向けて意見を発表することはできなかった。

 個人個人が世界中に勝手な情報を勝手に発信したために世の中が混乱して収拾がつかなくなった、などということにはならなかった。人はそれほど愚かではない。一時は混乱したり偏ったりしても、いずれはみんなが納得できる位置に物事が落ち着く。この十年でそれは充分に証明されたと思う。

 次はいよいよ映像情報の番である。記憶媒体の巨大化や通信網の超広帯域化により、インターネットでの映像配信が実用的なものとなった。そして、テレビ局のような巨額な放送機材を持っていなくても、個人が自分の映像情報を全世界に向けて発信することができるようになった。これにより、一部の人間によって偏った内容しか発信されていなかった映像放送が、多数の個人や小規模な組織により、さまざまな立場、さまざまな考えによる映像が発信されていくことになるだろう、と期待している。何も、巨額な費用をかけるばかりが、良質な映像コンテンツを製作する唯一の方法ではない。

 最初のころには混乱や扇動があるかもしれない。しかし、人々が徐々に学んでいき、それらの問題も、皆の知恵がいずれ解決していくだろうと、私は信じている。

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2006/12/23

【私のお気に入り】 シフォンケーキ

 家から駅までの通り道に小さな喫茶店がある。シフォンケーキが評判の喫茶店である。そのお店の名前は

  “Harvest (ハーベスト)”

という。こちらのページで簡単な紹介がされている。(記事が削除された模様。いつの間にか、お店のホームページができていた。)

 もともと私は甘いものが好きである。ので、当然のようにケーキも大好きである。そして、どちらかという、甘さがあっさりと控えめのほうが好きである。

 余談になるが、アメリカのケーキはなぜあんなに甘ったるいんだろう? ヽ(ー_ー )ノ
一口食べると、体中に甘さがいきわたり、二口目にはそれだけで糖尿病になった気分になるくらいの甘さである。アメリカンケーキの甘さだと、とてもじゃないが、日本のショートケーキのサイズすら食べきる自信は、私にはない。
 しかも、そんな甘ったるいケーキをバクバク食べるアメリカ人達は、その一方で 「ローファット」 だの、「ノーファット」 だのと騒いでいる。カロリーたっぷりのケーキを食べては、スポーツジムや路上を走り回ってカロリーを消費する。「そんなに太りたくないのであれば、はじめからそんなに食べなければいいのに」 と私なんかは思ってしまう。アメリカ人はほんとうによくわからん。
(余談の余談になるが、アメリカ人がスポーツジムや路上で必死に走っているのを見て、なんとなく 「あ~、この人たち、『健康のためには死んでもいい』 って感じで走っているな~、と感じてしまった。)

 余談が長くなりすぎた。話を元に戻そう。

 いまや、コンビニで100円のケーキが売られている時代である。大きめとはいえ、一切れ 380円、はけっして安いケーキではない。ところが、実際に食べてみると、その 380円 が割安に思えてくるのである。

 上品な甘さをシッカリと感じるが、けっして砂糖をなめているような甘さではない。控えめだけどシッカリしている、そんな感じである。そしてケーキが口の中からなくなると、その甘さも自然な感じで “す~っ” と消えていく。
 スポンジ部分はほんとうにふわふわである。口の中に入れると、そのやわらかさをいっそう感じる。感じ方によっては物足りないくらいの軽さである。そのために、見た目はそれなりの大きさの一切れも、食べ始めると、“あっ” というまに食べ終えてしまう。上で紹介したページのビデオでも言っていたように、二つぐらい平気で食べられる後味のよさと軽さを、ここのシフォンケーキはもっている。

 私は何かいいことがあると、よくここのケーキを買って家に帰る。カミさんも子供も、もちろんここのシフォンケーキが大好きである。
 コーヒー、チョコレート、キャラメル が定番であり、カミさんと子供はいつも自分がどれを食べるかということでけんかになる。(笑)

 この “Harvest” それほど便利のいいところにあるわけではない。しかし、近くに住んでいるのにまだ味わったことがない、という人がいたら、ぜひ一度試してもらいたい一品である。

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2006/12/22

【私のお気に入り】 (ドラマ) 百年の恋

 百年の恋 とは、NHK連続ドラマ “百年の恋” のことである。原作の小説があるのだが、私は読んでいない。今のところ読む予定もない。公式ページで原作者も 『原作の小説とテレビドラマは別物でいい』 とおっしゃっているので、私は 「たぶん別物なんだな」 と解釈をしている。

 余談になるが、小説原作という分類では、アニメ “銀河英雄伝説” が、私のお気に入りである。しかし、‘原作’ と ‘そこから派生したアニメ’ の両方とも面白い 銀河英雄伝説 は例外だと思っている。原作のあるアニメ、ドラマ、映画などは、ほとんどの場合はどちらかが面白くない、というのが私の思い込みである。
 北斗の拳、ドラゴンボール、ロードス島戦記、などなど、‘原作が面白かったのでアニメも見た’作品たちである。しかし、いずれも一話~数話見たところで見るのをやめってしまった。私には原作の面白さが、アニメの中にはないと思った。(アニメ作品を独立した作品としてみることができれば、おそらくそこには何らかの面白さがあるとは思う。)

 話を “百年の恋” に戻そう。

 私はテレビドラマを見る習慣はない。記憶にある ‘真剣に見た最後の連続テレビドラマ’ は、山口百恵の“赤いシリーズ”(古っ!)である。そんな私が、この “百年の恋” を見るようになったのは、‘たまたま’である。いつも23時のNHKニュースを見ていた流れで、たまたま目に入ったのであった。なんとなく見ていたら、意外と私のツボにはまり、以後、毎日見るようになった。

 2005年の再放送の際には、DVDに録画をした。今でも月に一回は見るほどのお気に入りである。

 客観的に見れば、おそらく特別画期的なストーリーというわけではないだろう。俳優陣も “ま~、がんばってるかな” 程度だと思う。(特に、加勢大周君が・・・、見ていてハズカシイ。 (;´Д⊂) )

 それでもお気に入りなのは、話の状況が、そのときに(いまも?)私が置かれていた状況と一部重なっているように感じたからだと思う。実際、本放送と私が会社をやめたときが、ほとんど同じ頃である。結局、気に入った理由は、感動したからではなく、なんとなく “共感した” とか、なんとなく “安心できた” からなんだろうな~、と思っている。

 主人公が、‘妻に毎日手料理を作ってもらう’ことを妄想したり、‘女は自分で下着を洗うものだ’と力説したり、‘妻が親しい友人と浮気している’のではないかと妄想したり、と “今の”私から見ると 「青いな」 と思うところが満載である。

 逆に、周りから‘もっとがんばって働かないと生活できないぞ’と説教されてもマイペースをくずさなかったり、‘あなたの代わりはいくらでもいるから’といわれて真剣に悩んだり、‘仕事がうまくいかなくて専業主夫に逃げ込んだんです’と真情を打ち明けたり、といったところは、何か自分の中にも引っかかるところがあり、見ながら自分も軽く落ち込んだりした。

 とにかく、最近の自分には珍しく、理屈抜きで感情的に気に入った作品である。

 ちなみに、原作小説を評価しているこちらのページを見ると、評価が AA~E まで散らばっていて、なんか人を選ぶ小説だな~、と思った。

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2006/12/21

自転車置き場

 私が住んでいるアパートの一階は、一部が自転車置き場になっている。建物の一部ということで、スペースは狭い。別な場所にもっと大きな自転車置き場があるのだが、エスカレーターの近くということで、人気の自転車置き場となっている。私も当然、この一階の自転車置き場に自転車を置いている。狭いのに人気があるので、いつも多くの自転車であふれかえっている自転車置き場になっている。

 そこでどうしても気になるのが、他人の自転車のとめ方である。個人的な分類では、自転車の止め方には大きく分けて、次の三パターンあると思っている。

1. とりあえず空いているところにとめる。
2. 勝手に自分のとめ場所を決めて、いつもそこにとめる
3. 自転車をきれいに並べ替えてから自分の自転車もきれいにとめる

 1 の人がやはり一番多い。

 2 の人はそれほど多くはないが、それでも数人いる。私が気になるのは、この 2 の人である。2 のパターンの人は、たいてい自転車置き場の入り口近くに必ず置きたがる。ところが、自転車置き場の入り口は狭いので、入り口近くに置かれると、とてもじゃまなのである。入り口近くに置くことで自分の自転車の出し入れは確かに楽になる。しかし、他の多くの人にとっては邪魔者でしかない。2の人は、他人に迷惑をかけていることに気がつかないのか、知ったこっちゃないと考えているのか・・・。いずれにしろ、私にはとても気になる。

 ちなみに私は 3 である。自転車置き場が雑然としているときは毎回、自分の自転車だけでなく、邪魔になる自転車を整理整頓している。別に自分がいいことをしていると思っているわけではない。自分が自転車を出すときにスムースに出したいだけである。奥の空いているところに簡単にとめられるようにしておけば、1の人はたいていそこに止めてくれる。すると、自分が自転車を出すときに、他人の自転車が邪魔にならずにすむというわけである。

 その私の天敵が 2 である。私がどんなに入り口近く以外にスペースを確保しようが、必ず狭い入り口近くに自転車を止める。私も邪魔になるので、入り口近くの自転車を中にしまう。でも、次の日は同じ自転車が入り口近くにとめてある。いたちごっこである。

 私も、3 のような人の反感を買うことをしている、という自覚はあるので、他の人がいるときは他人の自転車には触らないようにしている。ところがある日、たまたま整理しているところを 3 と思われる人に見つかってしまった。その男、仮に A氏 とする、は 「なぜ私の自転車を勝手に移動させて、出しづらいところにおくんだ」 と大声でわめき始めた。私も負けじと 「入り口に置かれると出し入れの邪魔になるので、他の自転車と同じようにおいただけだ」 とはっきりと言い返す。A氏 は 「自分の自転車を出しにくいところにおいた」 の一点張りで私の意見を聞こうとはしなかった。

 たまたま A氏 は、アパートの規約で禁止されている “犬” を連れていた。結局私がその点を指摘したことで、A氏 は退散していった。自分でもフェアな方法ではないと思う。けれど、言い争いが平行線で収集がつきそうもなかったので、あえて奥の手を使うことにした。同じアパートに住む者として、後味の悪い結末となってしまった。

 今もあいかわらず自転車置き場では、私が行くたびに、入り口近くに多くの自転車がひしめき合っている状態である。

 

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2006/12/20

ガンジーの「世界にある7つの誤り」プラス1 (*ListFreak)

  1. 労働を伴わない財産 (Wealth Without Work)
  2. 良心のない快楽 (Pleasure Without Conscience)
  3. 品性を伴わない知識 (Knowledge Without Character)
  4. 道徳に欠けた商売 (Commerce Without Morality)
  5. 人間性のない科学 (Science Without Humanity)
  6. 献身のない祈り (Worship Without Sacrifice)
  7. 原則のない政治 (Politics Without Principles)
  8. 責任を伴わない権利 (Rights Without Responsibilities)

ガンジーの「世界にある7つの誤り」プラス1 - *ListFreak

 私はこれを見て、思わずうなってしまった。 「さすが歴史に名前を残す人は違うな」 と。誰もが漠然と思っていることや、感じていることを短いフレーズで簡潔に、しかも的確に表現している。

 これに‘インスパイア’されて、 IT 向けに9番目を考えた人もいる。

9.  デバッグを伴わないコード (Codes Without Debugging)

なるほど。これはきわめて危険な誤りである。私個人としては、

  • テストをしていないソフトウェア (Software Without Testing)

と言いたいところではあるが、テストをしてもデバッグ(=バグ取り)をしないと意味がないので、やはり “Debugging” のほうが重要である。

 そんなわけで、私も歴史に名を残そうと、いくつか考えてみた。
(注意: ここからはすべて “ネタ” なので、あまり真剣に読まないように。そもそも “ガンジー” は、この言葉を残したから歴史に名が残ったわけではない。(笑))
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クリープを入れないコーヒーなんて (A Cup Of Coffe Without Creap)

 特定の食品メーカーにとっては重大な誤りである。個人的には、牛乳を入れたり、ブラックで飲んだりするのもアリだと思うのだが。

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理由なき反抗 (Rebel Without Cause)

 と、これもお決まりである。

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耐震強度のない高層ビル (High-rise Building Without Earthquake-Resistant Strength)

 これは明らかな誤り、というか‘犯罪’だと私は思う。

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BSE 検査のない牛肉 (Beef Without BSE Test)

 専門家がどんなに 「抽出検査で十分に安全を確認できる」 と発表しても、私は信じない。(そもそもテレビなどのマスコミに出てへらへらしゃべる“専門家”は、なんの分野であれ私は信用できない。) こういうことをいっておられる方もいるようですし。今後、‘非加熱血液製剤によるエイズ感染’や‘アスベストによる中脾腫’のように、数年から十数年後に大量のBSE感染患者が死亡したら、一体誰が責任を取るのだろう? 自分の身は自分で守らなくてはいけない。だから、私は二度と‘吉野家’にはいかないと決めている。

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充分な審議のない教育基本法改正 (Fundamental Law on Education Amendment Without Enough Discussion)

 組織のリーダー(=阿部首相)が 「絶対に変える」 といったものだから、部下達(=官僚達)が、とにかく変えること“だけ”を目的に改正したとしか、私の目には映らない。何のために改正しなければならなかったかが、見えてこない。

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ソフトウェアのないハードウェア (Hardware Without Software)

 昔からよく言われることである。 「コンピューター、ソフトなければ、ただの箱」

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スケベのない新しい技術 (New Technology Without Adult Contents)

 VHS が ベータ に勝ったのは、VHS 用にアダルトビデオがたくさんあったからだともいわれている。レンタルビデオも当初はアダルトビデオの貸し出しで成り立っていた。インターネットが普及したのも、野郎共がこぞってスケベな写真を見たかったからである。以前に参加した‘情報処理学会’で、「いかにインターネット上に‘有料アダルトサイト’が多いか」、という発表を聞いたことがある。

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富野由悠季のいないガンダム (GUNDAM Without Yoshiyuki Tomino)
宮崎駿のいないジブリアニメ (Ghibli Animation Without Hayao Miyazaki)

 ガンダム シリーズ も ジブリアニメ作品群 も、富野由悠季 と 宮崎駿、両者が担当してこそ高いレベルの作品ができると思っている。今後もそれだけのレベルの高い作品を作り続けられるのかはわからない。しかし、これまでに彼らが世に送り出した作品の数々は、きわめて高いレベルにあったことを私は疑っていない。

 27年前に富野氏が作った “富野節” がいまだにパロディとして通じること、富野節を使った芸人が成り立っていること、を考えれば、当時から記憶に残る “モノ” を作っていたことは疑いがない。宮崎氏にいたっては、世界に認められるだけのものを、いくつも世に送り出しているのだ。いまさら私がとやかく言うこともないだろう。

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更新のないブログ (Blog Without Update)

 今、私が一番恐れている誤りである・・・。

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2006/12/19

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス のここが気になった (ユーザビリティ)

 昨日さんざん褒めちぎった “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” への苦言である。(笑)

 全体としては何もいうことないくらいによくできている “トワイライトプリンセス” であるが、キャラクターの操作性については、いくつか疑問の残ったところがあった。それは “A ボタン” と “B ボタン” の使い分けである。

 “A ボタン” は、緑色の一番大きいボタンで、‘アイテムの選択’や‘決定’によく使われる。

 “B ボタン” は、赤い A ボタン よりふた回り小さいボタンで、選択肢から抜けたり、ウィンドウを閉じたりするのによく使われる。

 戦闘中は、B ボタンで持っている剣を振り回し、A ボタンは剣で特殊な攻撃をするためのボタンとなっている。そのため、敵を攻撃するつもりで A ボタンを押してしまい、敵を攻撃せずに地面を転がるだけ、ということがよくあった。

 また、“トワイライトプリンセス” は 3D(三次元)で表現されているゲームであるため、視点の切り替えが可能である。1.キャラクターの後方からキャラクターも含めて表示する位置と、2.キャラクターの目の位置からキャラクターに成り代わって周囲を観察する位置、の二種類の視点の切り替えが必要になる。2の視点から 1の視点へ戻すために使うのが、実は “A ボタン” なのである。視点の切り替わりをモードの切り替えと認識している私は、2の視点から抜け出すのに、ついつい “B ボタン” を押してしまう。すると、キャラクターが剣を振り回す動作をして一歩踏み込んでしまう。崖のぎりぎりにキャラクターを立たせて、崖下を覗き込んでいた場合、2の視点から1の視点に戻すために B ボタンを押して、キャラクターが前に進んでしまうと、キャラクターが崖下に転落して死亡、ということが何度もあった。

 ここは素直に、2の視点から抜け出すための B ボタンは、キャラクターを動かさないようにしたほうがよかったように思う。2の視点のまま剣で戦闘することがほとんどないからである。流れで書くと、
  2の視点 → B ボタン → 1の視点+剣を振り回す → 落ちる
となる。それを、
  2の視点 → B ボタン → 1の視点に戻るだけ → 落ちない
で、よかったのではないかと思っている。

 “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” は、コントローラーのまったく異なる Wii と ゲームキューブ という二つのゲーム機向けに発売されている。開発効率を考えれば、ほとんどのプログラム コードを共有しているはずである。とすると、ゲームキューブ用のちょっとした変更が、Wii 上に思いもよらない弊害をもたらすことは充分にありえる。そのために安易な変更が行えず、ゲームキューブ上で不自然な操作体系が出来上がった可能性がある。

 いずれにしろ、しょせんは細かいことである。すみずみまできれいに掃除された部屋だからこそ、テーブルの上の小さなゴミが気になるようなものである。もし、部屋全体にゴミが散らかっていたら、テーブルの上の小さなゴミなどちっとも気にならないだろう。

 つまり、この程度の小さな問題では、“ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” の面白さの本質は少しも損なわれないということである。今回の記事は、私が仕事でユーザビリティーを多少経験してきたということで、あえて書いてみたかったのである。

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2006/12/18

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス、満足と共にフィナーレ

 12月2日からはじめた “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” が終わった。日数にして二週間、遊ぶことができなかった日もあるので、プレイ日数は実質12日ぐらいか。セーブデータを見ると、プレイ時間は 約87時間 となっている。ゲームを中断しっぱなしでほかの事をやっている時間が十数時間あるので、実質は70時間ちょっとだと思う。計算してみると、1日に6時間弱・・・、けっこう遊んでいたわけだ・・・。どうりで、最近寝不足なわけである。何しろ、昼間は家事に追われてあまり遊べない。プレイ時間は子供が寝た夜中~明け方ということにどうしてもなってしまった。でも、それもようやく終わった。今日からはまたゆっくりと眠れそうである。

 「楽しかった。」

 とにかくこの一言に尽きる。ここまで一つのゲームを楽しめたのはほんと久しぶりである。2004年の “ドラゴンクエスト VIII” はもちろん楽しかったが、PS2の故障もあって、ボーナスダンジョンは結局クリアしていない。2002年の “ゼルダの伝説 風のタクト” は、理由は忘れてしまったが、いまだエンディングを見ていない。そうすると、1998年の “ゼルダの伝説 時のオカリナ” までさかのぼることになる。同じような満足感は、8年ぶりのしかも同じゼルダの伝説シリーズ以来、ゲームではなかったということである。

 前作の “風のタクト” もたしかに “ゼルダの伝説” であった。操作性や準備されている仕掛けは、まさに “ゼルダの伝説” のものであった。しかし、Wiki でも解説されていることだが、‘移動のわずらわしさ’ と ‘密度の薄さ’から、二年前に私は最後まで続けることができなかった。(トワイラトプリンセス が終わったので、風のタクト を再開させてみようかな、という気持ちはある。) 開発側は、ゲーム上の ‘広大な海’ の理由を、「ディスクから読み込む時間を感じさせないための措置」 (上記のWikiより) と説明しているようだが、私から見ると残念ながら失敗だったと思う。

 もっとも、その反省が今回の トワイライトプリンセス には生かされていると思う。今回は、移動に無駄な時間を使っている感じが少しもしなかったのである。最初から馬に乗って高速に移動できたり、重要なポイントに瞬時に移動できる仕組みをすぐに使えるようにしたり、と移動に関するプレーヤーのストレスを極力取り除こうとの開発意図が見える。

 ゲーム上のいろんな場所に配置された重要な地点も、必要なときにきちんとゲーム内の地図にマーキングされるため、無駄なところをうろうろしなくてすむのもとても考えられていると思った。ゲーム内のプレイエリアはもちろん限られるため、同じ箇所を別なイベントで再利用するときがある。そのときも、必要とされる操作を変えることで、ユーザーにルーチンワークと感じさせない工夫もされている。たとえば、“単純な移動 → 馬車の護衛” といったようにである。

 その一方で、ゲーム内の色々なところに配置された 宝箱、虫、ゴースト を探して集めるといったやり込みの部分もちゃんと残してある。そしてそれらは、「なくてもゲームをクリアできるが、あると楽にクリアできる」 ように調整されているところがすごいところである。

 ドラゴンクエスト に比べて、ゼルダの伝説 がより満足感を得られる理由として、その “アクション性” にあると思っている。ドラゴンクエスト が、逐次命令を入力していく “コマンド制” に対して、ゼルダの伝説 は、リアルタイムの “アクション制” である。アクション制がなぜ満足感を得やすいかといえば、操作しているキャラクターの数値としての成長だけでなく、キャラクタを操作している自分自身の成長を感じられるからである。

 最初はできなかった操作がだんだんとうまく出来るようになる。操作がうまくなれば、倒すのにてこずっていた敵を、あっけなく倒すことができるようになる。ゲームであれ、仕事であれ、自分自身の成長が感じられることは、ほんとうに楽しい。

 これでまたしばらく “ゼルダの伝説” とはお別れである。ニンテンドーDS で “THE LEGEND OF ZELDA Phantom Hourglass” が来年発売されると予告されている。やはり来年発売が “希望(笑)” されている “ドラゴンクエスト IX” も ニンテンドーDS 向けに発売されることを考えると、来年は私にとって、ニンテンドーDS 年 となりそうである。

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2006/12/17

ズボン下

 私は寒いのが嫌いである。暑いのは多少汗をかいたとしても、それほど気にならない。しかし、寒いとそれだけでイライラしてしまう。

 まだ、私が十代、二十代のころ、私の親父は冬になると毎年 “股引” をズボン下としてはいていた(もちろん今でも愛用している)。 そんな姿を見て、当時は、

  「かっこわるっ」

とずっと思っていた。そして、「自分はそんなかっこ悪いものは絶対にはかない」 と心に誓っていた。

 そして今、そのときの親父の歳に、徐々に近づいている自分がいる。そして、ズボン一枚だと股下がスースーと感じるようになった。パソコンの前で椅子に座ってじっとしていると、股下、特に足首の辺りは痛く感じるぐらいに冷たくなってくる。

 背に腹は代えられぬと、よくいくスーパーで、今日、自分用の “ズボン下” を買ってきた。冬物商戦も山場を越えたらしく、半額で売られていたのが買うきっかけとなった。

 家に帰ってさっそくはいてみる。なるほど、肌にぴったりしているので、スースーした感じはなくなった。とはいえ、「ぜんぜん寒くない」 とまではいかないようだ。わざわざ自分で買ってきたのだから、しばらくは毎日はいてすごすつもりでだ。

 自分の子供が思春期になったころ、ズボン下をはいている親父=私を見て、やはり

  「かっこわる~い」

と思うんだろうな~、と思い、なんとなく落ち込む私であった・・・。

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2006/12/16

人は自分の聞きたいことしか耳に入らない

 私は情報集めが好きなので、何か物を買おうとしている人から相談を受けることが時々ある。

 「今度、液晶テレビを買おうと思ってるんだけど?」
 「デジカメが欲しいんだけど、どれがいいと思う?」
 「よさそうなパソコンを教えてよ?」
といって聞いてくるときは、普通によさそうな機器を教えることができる。

 要注意なのは、

  「×××社の▲▲▲▲っていうモデルを今度買おうと思っているんだけど、どう思う?」

というように、具体的な製品名を出して相談しに来るときである。

 最近は、こういう場合に、

  「うん、いいんじゃない。いいと思うよ。」

と当たり障りのない答えを返すことにしている。

 下手に 「いや~、その手の製品なら ○○○社の◎◎◎◎ がいいと思うよ。×××社の▲▲▲▲ よりも高めだけど性能や使い勝手がぜんぜんいいから。×××社の▲▲▲▲ には、(ピ~~~~) っていう問題があるっていう噂だし。」 などと答えようものなら、

 「え~~、▲▲▲▲ かっこいいじゃん。安いし。絶対に ▲▲▲▲ はいいと思うな~。なんで ▲▲▲▲ のこと悪く言うわけ?」

みたいな感じで、ムキになって反論される。

 私は正論で相手を説得しようとするのだが、結局説得できずに、相談に来た相手は 「もういい」 といってどっかにいってしまうことが多かった。

 私の説得の仕方がうまくないというのは、ま~認めるとして、「相談に来て人のいうことを聞かないなんて、絶対にあいつはおかしい。」 とずっとそう思っていた。しかし、そういうケースが実は多い、というより、そういうケースのほうが多いことにだんだん気がついてくる。そして、

 「そうか、具体的な物を持ち出して相談に来るヤツは、相談に来ているんじゃなくて、たんに 『いいと思うよ』 と同意して欲しいだけなんだ。」

と気がついたのはずいぶんと歳をとってからのことだった。それに気がついて以来、そういう相手には、最初のほうで書いたように 「うん、いいんじゃない。」 と答えるようにしている。

 そういうタイプの人は、自分でもう 「絶対にこれを買う」 と決めている。ところが、それほどその種の機器に詳しくないため、完全に不安を取り除くことができない。そこで、その辺に詳しい人に “賛同” してもらって、その不安を拭い去ろうとするようである。“ようである” と表現したのは、自分にはそういう気持ち、価値観がないため、あくまで私の想像だからである。

 自分が絶対にいいと思っているものについて、“相談” にいったら逆に悪く言われる。そうすると、絶対に買うと決めている本人が悪口を言われたような気になってしまうらしい。結局、相談に来た人は 「それすごくいいよ」 という、“自分が聞きたい言葉” を聞きに来るのが目的なんだな、と私は考えることにした。

 人は(もちろんすべての人ではないが)、“自分が聞きたい話”以外は聞きたくないんだな、ということを、私はそこから学んだ。だから、企業や組織で問題が収集できなくなるまで上層部に伝わっていかなかった、という事例がすごく納得できる。上層部の人たちが “聞きたい話だけ受け入れる”、“聞きたくない話を拒絶する” タイプであれば、それを察した中間層、下部の従業員達は、上層部が聞きたくない話を絶対に上に上げようとしないであろうから。

 そこまでいくと、“聞きたい話だけ聞く” 態度は、会社の存亡、組織の存亡にかかわってくる。人の話を聞かずに買った製品を後悔する程度ではすまなくなる。その会社、その組織に所属している人たちみんなの生活がかかってくるのだから。

 最後に自分の話をすると、話を素直に聞いてくれないといういやな思いをしてきたせいか、私自身は人に相談しに行くときは、ほんとうにその人の意見を聞きにいく。仮にあらかじめ自分の中で最終的な選択があったとしても、相談しに行った、私が専門家と認めた人が別な製品を推薦したとしたら、その意見も入れて再度製品の選択をやり直すようにしている。

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2006/12/15

うらめしかった小さな親切

 気を利かせた親切が、場合によっては相手をガッカリさせることもある。今回はそんなお話。なお、内容のない話なので、あまり期待しないように。ちなみに、この話は私が経験した実話である。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 10年近く前に、アメリカに出張に行ったときの話である。そのとき勤めていた会社の本社はアメリカにあった。私は、あるソフトウェアの次期バージョンで、日本向けに実装してもらう機能について交渉しに、アメリカの本社に出張をした。

 当時、まだ私は交渉人としては未熟であった。案の定、交渉は日本側(というか私)の望むようには進まなかった。思うように進まぬ交渉で、私はひどく落ち込んだ。そして、交渉がまとまらなくていいので、早く日本に帰りたい気持ちでいっぱいになった。

 一週間の予定の出張であったが、交渉が一週間でまとまる可能性はなかった。そのため日本の上司から、「もう一週間交渉しろ」 との “ありがたい” お言葉をいただいた。

 そこで、帰りの飛行機を予約していた航空会社に電話をして、予約していた便を一週間後に変更してもらった。

 帰りの便を変更した数時間後、再度、日本の上司との電話での打ち合わせがあった。(時差の関係で、日本のお昼時は、アメリカでの夜中になる。アメリカの午後に予約を変更したので、日本との打ち合わせはその数時間後になる。)
 再度の打ち合わせで、「二週間後に別のメンバーも行くので、さらに出張を一週間延長(合計三週間)しろ」 という “とてもありがたい” お言葉をいただいた。

 航空チケットは格安チケットであった。(もちろん経費削減のため) 安い代わりに、予約便の変更には制限があった。予約便の変更は、1枚のチケットで1回のみ、しかも有料であった。

 上司に 「すでに1回予約を変更にしているので、もう変更できません。」 と訴える。上司からは 「いいからもう一度電話して予約を変更してもらえ」 という “あたたかい” お言葉。

 そのとき、私はうまくいかない交渉にうんざりして、一日でも早く日本に帰りたい気分でいっぱいであった。そして、帰りの便の予約を一度変更しているので、その便で日本に帰れると信じて疑っていなかった。

 私もバカ正直な性格(もちろんいい意味で)なので、しかたなく、打ち合わせが終わった直後に、再度航空会社に電話をかけた。

---------------

「今日の午後に、搭乗便の予約の変更をおこなった者です。すみませんが、再度の予約の変更が必要になったんですけど、一回変更しているのでダメですよね。」
私の中の人 (わざわざできないことを確認するために電話するなんて、われながらバカ正直だね~ (-。-)y-゜゜゜)

航空会社 「チケット番号を教えてもらえますか? ・・・ お名前を教えてください。 ・・・ 確かに一回予約を変更されてますね。ちなみに、再度の変更はいつをご希望ですか?」

「さらにその一週間後なんですけど。 (-。-)y-゜゜゜」

航空会社 「はい、わかりました。でわ、変更しておきます。新しい予約は、○月×日 □△時*#分 になります。よろしいでしょうか?」

「エッ?  (゜Д゜)y\∴ ポロッ  ・・・・・・ い、いや、は、はい ・・・・・・ お願いします ・・・。」 カチャン

---------------

 いや、航空会社はぜんぜん悪くないのである。むしろ、普通に考えれば大盤振る舞いのサービスである。私がさっさと日本に帰りたいから、予約の変更ができないといって欲しくて予約の変更の電話をかけた、などということを航空会社の人が知るはずもないのだから。

 結局、さらに一週間、ジゴクのような交渉が待っていた。アメリカに来て三週間後、心身ともにぼろぼろになって日本への岐路に着く私がいた・・・。  ○| ̄|_

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2006/12/14

赤道はどれですか?

 以下の笑い話は、自分が直接見た話ではない。元フライトアテンダント(当時はスチュワーデス)のタレント(誰だったかは忘れた)が、テレビでしていた面白い話の一つである。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 旅客機が、東京からオーストラリアに向けて飛んでいたそうである。そして、その中に航空自衛隊の隊員が二人、制服を着て乗っていたらしい。

 飛行機が赤道上空を通過するとき、機長から 「只今、赤道上空を通過しています」 とアナウンスがあった。

 すると航空自衛隊隊員二人が、

  隊員A 「今日は晴れてて 『赤道がよく見える』 じゃないか」

  隊員B 「どれどれ。あ~、ほんとうだ。今日の 『赤道ははっきり見える』 な~」

と会話をしたらしい。

 すると、その後に座っていた一般の男性客が、スチュワーデスを呼んで、

  男性客 「どれが赤道ですか?」

とまじめな顔で聞いたらしい。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 私もこの手のジョークは嫌いじゃない。だまされたからといって、多少恥ずかしいかもしれないが、致命的な損失をこうむるわけでもない。

 しかし、こんな話にも私はついつい深読みをしてしまう悪い癖がある。

 赤道は人が便宜的に作った図面上の数値でしかないことは、一般の成人であれば誰でも知っている。地球儀上には書かれていても、実際の地上、海上にはそんな線など存在しないことも知っているはずである。

 ところが、その一般乗客はだまされてしまった。制服を着た自衛隊員というある種の “権威” が言ったことで、自分の常識 = 正しい知識、が覆されてしまったのである。

 これはとても怖いことである。権威者が間違って言ったこと、最悪の場合は、だまそうとして言ったことに、誘導されてしまうことを意味している。一番極端な例は、“核ミサイルを持とうとしている北の国” だと思う。自らが作り出した権威で、国民すべてを誤った方向に誘導している国。ほんとうに怖いと思う。

 日本においても、詐欺事件や、高級官僚による政策の失敗、等で見られる現象である。血液製剤によるエイズ感染も、権威者によるだましの構図があったと思っている。

 最近見たアメリカのニュース番組の話である。乳児の突然死に関する専門家が、「三人続けて乳児が突然死する確率は数千万分の一である。よって、三人続けて乳児を突然死させた母親は、乳児虐待を行って志望させたと考えるべきである。」 という発表をした。そしてそれを受けた警察が、なんの証拠もなしに “自分の赤ん坊が三人続けて突然死した” という事実だけで、母親を逮捕。その後、有罪となり、投獄されている、というのである。怖い話である。

 確かにその道の権威はたいていの場合、言っていることは正しい。だからこそ人は権威者を信頼する。信頼するがゆえに、たまたま間違った情報が混じっていても、多くの人はそれを信じてしまう。

 私が心がけているのは、誰が言ったかを気にするのではなく、“何を言ったか” を自分で判断することである。自分の経験や常識、発言した権威者以外の権威者のコメント、といったもの総合的に判断をするようにしている。そして常に、“人は常に間違いを犯す可能性がある” ということを忘れずにいることである。

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2006/12/13

【私のお気に入り】 ドラゴンクエスト

 12月12日に、新しいドラゴンクエスト “ドラゴンクエスト IX 星空の守り人” の発表があった。

http://www.famitsu.com/blog/express/2006/12/ixds.html
http://www.famitsu.com/blog/express/2006/12/ix.html
http://www.famitsu.com/blog/express/2006/12/ix2007.html
http://www.famitsu.com/blog/express/2006/12/post_116.html
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20061212/sqex.htm

 ドラゴンクエストは、私のゲーム観を決定付けたゲームの中で、もっと好きなゲームの一つである。ちなみに、最も好きなゲームの別な一つは、まさに今遊んでいる “ゼルダの伝説” シリーズである。

 “ゼルダ” と “ドラクエ” 、この二つの第一作がほぼ同時に発売(ゼルダが1986年2月21日発売、ドラクエが1986年5月27日発売)されたことは、私にとってはできすぎた偶然といえる。この二つのゲームによりその後に遊ぶゲーム、そしてゲーム機本体の購入を左右してきたのだから。

 最初の ゼルダの伝説 を遊びたくて “ファミコン+ディスクシステム” を買った。一方、最初の ドラゴンクエスト を買ったのは偶然であった。ゼルダを遊び終えて、次のロールプレイングゲームを探しているところで見つけたのが ドラゴンクエスト であった。

 ゼルダ と ドラクエ 両方のシリーズが発売されるということで、“スーパーファミコン” を買うことは、私の中では当たり前のことであった。

 ドラクエ はその後、プレーステーションで発売されることが発表された。もっとも実際に プレーステーション版ドラゴンクエスト が発売されたのは、プレーステーション2 が発売された後であった。そのあたりはさすがに私も冷静に見守っていた。そして、プレーステーション はスキップして、プレーステーション2 を購入した。プレーステーション版ドラゴンクエスト を私は、プレーステーション2 で遊んだ。

 結局、プレーステーション2 では、ドラゴンクエスト に関していえば、二作(プレーステーション版 と プレーステーション2版)しか遊んでいない。しかし、私にとって、プレーステーション2 は、まさに “ドラゴンクエスト” のためのゲーム機本体であった。もし、ドラゴンクエスト が プレーステーション(2) で発売されなければ、私は プレーステーション2 を買っていなかったであろう。逆に、もし ドラクエ が “3DO”(笑) や “XBOX” のみで発売されていれば、迷うことなく、私はそれらのゲーム機本体を買っていたであろう。

 (ゼルダ とゲーム機本体の関係については以前に書いているので、そちらを読んでもらいたい。

 そして、今回の “ニンテンドーDS” 版 “ドラゴンクエスト” の発表である。私は間違いなく近いうちに、 ニンテンドーDS を買っているだろう。ニンテンドーDS Lite があいかわらず品不足らしいが、その Lite を買うことになると思う。もしかしたら ドラクエ の発売に前後して、新しいバリエーションの DS を任天堂が発売するかもしれない。

 幸いにして DS に関しては、うちの家族も 「遊んでみたい」 といっているので、私が 「買う」 といっても、おそらく反対されないだろう。ただし、カミさんや子供が遊ぶのに DS 本体をとられて、私が ドラクエ を思ったように遊べなくなる可能性がある。などと、今からいらぬ心配をしている・・・。

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2006/12/12

【私のお気に入り】 VIP STAR

 パロディ歌である。元ネタは “平井堅” の “POP STAR” である。Web上で検索をすれば、いろいろなサイトで VIP STAR のことを知ることができる。とりあえず説明用として このサイト を紹介しておく。

 実は私がこの歌、ビデオを知ったのは、つい二週間ほど前である。それから毎日一回は見直すほどのお気に入りである。ビデオは YouTube で見られると思うが、例のごとく権利の関係でどのページでいつまで見られるかはわからない。自分で検索するのが確実だと思う。

 このビデオが流行ったのは、実は 2005年年末 であった。このビデオを知り、同時に一年前に流行っていたことを知って、私はとてもくやしい思いをしたのである。

 というのも、私が大のパロディ好きだからである。中学生時代に友人がもっていた 宇宙戦艦ヤマト のアニメパロディ同人誌を見せてもらい、大きな衝撃と感動を受けた。「世の中にはこんな世界があったんだ」 と。以後、アニメに限らずマンガや映画、小説などなど、パロディを積極的に見るようになった。高校時代によく読んでいたのは、今は亡き “月刊OUT” だったりする。(^_^;)

 私がなぜパロディが好きかというと、“パロディを楽しむためには原作を知っていなければいけない”、からである。良質のパロディは、原作を知らなくても充分に楽しめる。しかし、原作を知ればもっと楽しめる。自分の気質や育ってきた環境から、私の中の価値観では、“より多くの情報を知っていること” に価値がある。パロディを楽しめるということは、まさに私にとって価値が高いことの証明となる。だからこそ、1年前に VIP STAR を知ることができなかったこと、あるいは、目にしたかもしれないが気に留められなかったことがとてもくやしいのである。

 平井堅つながりには他に “大嘘つきな古狸”(注意:フラッシュ) というのがある。例の耐震強度偽装事件をネタにしたパロディ歌である。こちらも私が知ったのは VIP STAR と同時であり、完全に旬を逸している。とてもくやしい。

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2006/12/11

半額で買うか? 二倍買うか?

 『バーゲンセールで、男は “半額で買える” と思い、女は “二倍買える” と思う』

 これは、私がよく読んでいる、“OL進化論” という四コマ漫画の “名言” である。以前、“男脳・女脳” ということで記事を書いた。このバーゲンセールの話も、やはり脳の違いによるものなのかな?と思っている。私ができる範囲で自分の周りに 「半額で買いますか? 二倍買いますか?」 と質問したところ、女性は100%「二倍買う」と答え、男は100%「半額で買う」と答えた。

 この OL進化論 は意外と人気らしく、ビジネス書の題材としても使われている。

 日常のありそうな一場面を切り取って、それを 「クスッ」 と笑えるねたにしてしまえる作者は、やはり只者ではないと思う。

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2006/12/10

道路特定財源の一般財源化問題

 なにやら “道路特定財源” 周りが騒々しい。阿部首相周辺は、巨額な道路特定財源を一般財源化して国家財政を立て直す、様なことをいっているようだ。しかし、要は人様からむしりとった大切なお金を誰(国?地方?どこの官庁?)が好きに使えるか、誰(土建屋?建築屋?政治屋の身内?)に渡すかということだと思う。結局、一般財源化は自民党の反対でつぶされたようだが。もういい加減、無駄な道路を作って必要のない土建屋を延命(=無駄に土建屋に金を渡す)のは、(少なくとも私には)とても迷惑な話である。

 自分自身がよくわかっていなかったので、少しいろいろなサイトで自分なりに調べてみた。そうしたら、別な問題もあることがわかった。このサイトによくまとめられていると思う。特に “暫定税率” は意外と知られていないと思った。一言で(悪く)いえば、「本来の税率の二倍税金をむしりとっている」 制度である。

 「倍額お金をふんだくっていたが、道路を作らなくなってきたから、お金が余ってきた。じゃ~、そのあまったお金を別なことに使おう。」 という、いかにも役人的な発想である。「お金を取りすぎていたから、料金(税金)を下げよう。」 という発想は一切ない。前に書いた “目的と形式化と自己利益追求と” で書いた構図がそのまま当てはまると思った。一度手にした “二倍税収” という “既得権” を離したくがないために、いろいろな姑息な手段を使っている、ように私には思えて仕方がない。

 先ほどの “道路特定財源を用いた公共交通整備の推進を” というサイトで別な方が指摘しているように、今の暫定税率が通常税率より、ガソリンの消費を抑えている側面は確かにあると思う。だとすれば、それを素直に認めて、増収分を環境対策に回せばいいのである。そういう話も一部ではされているようではあるが、なかなか聞こえてこない。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 大手のテレビや新聞社関係のニュースサイトを見ても、“暫定税率” のことはほとんど出てこない。税金を払っている側に都合の悪い情報は意図的に少なくして、税金をむしりとって好き勝手に使っている権力者側に都合のいい報道のされ方をしているように、私には見える。

 四男を優遇している石原東京都知事の問題も、私が見ているニュースの範囲ではあまり大きく取り上げられていない。私は、多くのマスコミがもっと鋭く突っ込んでいっていい問題だと思っているのだが・・・。やはり、権力者にたてつくといろいろマスコミの仕事ができにくくなるだろうから、“長いものには巻かれろ”ということなのか。日増しに大手マスコミが信用できなくなっていく自分がいる。

 その意味では、個人の持つさまざまな情報、さまざまな意見を、ほぼリアルタイムにしかも簡単に目にすることができるインターネット技術がある、いい時代になったものである。あとはこの国で、14億人もいる国や核ミサイルを持とうとしている国のように、インターネット上の情報が検閲および規制されないよう願うばかりである。阿部首相の言動を見ていると、戦前の 国家主義・全体主義・徴兵制・軍事立国 を目指しているように見えて、とても不安な気持ちにさせられる。

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2006/12/09

洗濯機 -洗濯槽のカビ対策に関する学会発表-

 軟水について調べていたら、三浦工業株式会社 が下記の発表をしているのを見つけた。

洗濯槽のカビ対策に関する学会発表 (PDF)

 この結果によれば、軟水を使うことで “残留カビ胞子数” を 1/10 ~ 1/1000 、“残留一般細菌数” を 1/10 ~ 1/1000 、“残留有機物量” をせっけん使用の場合に 1/30 に減らせるということである。特に、軟水 と せっけん の組み合わせで際立っていい結果を残している。

 軟水器メーカーの発表であること、論文ではなくて学会発表であることを考慮する必要はある。とはいえ、この結果は、普段の生活で 「なんとなくそんな感じがする」 と思っていることを、定量的に計測したことの価値は大きいと思われる。

 我が家では、まさにその “軟水+せっけん” を使っているので、その効果がこの学会発表のとおりであることを期待するものである。

 今後の課題として、“家庭用洗濯機を用いたフィールドテスト” をあげている。ぜひとも実機での実験をして、また結果の報告をしてもらいたいものである。

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2006/12/08

軟水、三年目

 はるか以前に、我が家で軟水器を導入した話をした。あらためて読み返してみると、その後毎日使って実感している効果については、書いてないことに気がついた。そこであらためて、軟水を使ってよかったことを書くことにした。

 もっとも体感できる効果は、“髪が柔らかくしなやかに” なることである。これははっきりと手触りで実感できる。私の髪はけっこう固くて、なかなか髪型をつけられなかった。逆に寝癖がつくとなかなか直らなかった。それが、軟水で洗髪するようになってからは、髪が明らかにやわらかくなった。髪型をセットしやすくなり、寝癖も早く直るようになった。髪の毛がごわごわでお困りの方、特に女性には一度試してもらいたい。

 風呂上りに、皮膚が突っ張る感じがないのもいい。これは身体を洗ったあとに石鹸かすが皮膚に残らないためらしい。詳しいことは以前にも紹介した “せっけんライフ” を参照していただきたい。
 そして、おそらくこれと関係しているだろうと思われることで、子供の皮膚に異常が出なくなったことがある。うちの子供は毎年冬になると、関節の内側が赤くなったり、上腕が赤くなったりしていた。それが、軟水を使うようになってほとんど起こらなくなった。もちろん、年齢が上がって、皮膚がシッカリしてきて赤くならなくなった可能性もある。

 私に限って言えば、カミソリ負けをしなくなった。私は、髭の濃さにくらべて肌が弱いらしく、髭剃りの際にいつも血だらけ(ちょっと大げさ)になっていた。床屋に行くと、髭剃りはまだ見習いという感じの若い人の担当、ということが多い。髭剃りがあまりうまくない担当に当たると、もうたいへんである。私はいつものことだからそれほど気にならないが、血が噴出している喉もとを見て、髭を剃った担当者のほうがあわてたこともある。担当者が血止め用のクリームを探してアッチコッチ走り回っているのを見て、ちょっと笑ってしまった。
 軟水の話に戻そう。軟水を使う以前は、せっけんを使った髭剃りでは、間違いなくカミソリ負けで血だらけになっていた。泡のシェービングクリームでも、まだ少しカミソリ負けをしていた。ジェル状のシェービングクリームでほとんどカミソリ負けをしなくなった。いずれの場合も、湯船にたっぷりとつかり、髭をやわらかくすることが必須だった。
 それが、軟水を使うようになって、せっけんの泡だけでカミソリ負けをしなくなった。そこから考えると、顔についた石鹸かすがカミソリ負けの大きな原因だったのだろう。軟水器が飽和してきて硬度漏れが出始まると、やはりカミソリ負けが出始める。

 洗濯では、合成洗剤をやめて、せっけんによる洗濯に切り替えた。せっけんのほうが何倍も高いが、洗濯の効果が高いので満足している。何より、洗濯物が乾いたあとに、ごわごわになりにくいのがいい。合成洗剤を使っているときは、すすぎのときに柔軟剤が欠かせなかった。せっけんでは柔軟剤なしでも充分にふんわりと仕上がる。

 洗濯でせっけんを使うと、軟水器の飽和状態がすぐにわかる。飽和とは、軟水器の処理能力が限界に近づき、軟水器を通した水に硬度成分(主にカルシウム)が残ることである。軟水器がきちんと機能しているときには、洗濯槽内のせっけん水は水道水と同じ無色透明である。泡だっていなければ、それがせっけん水とはわからないくらいである。一方、軟水器が飽和してくると、せっけん水が白くにごってくる。白いにごりは石鹸かすである。この状態で洗濯をするのは、ほんとうはよろしくないのだが、とりあえずそのまま洗濯をして、洗濯後に軟水器の再生作業に入る。

 軟水をお風呂や洗濯に使うといいことだらけである。でも、私はむやみに軟水器を人に勧めない。理由はこの “再生作業” が必要だからである。

 “再生作業” これが軟水器の一番手間がかかるところである。軟水器の原理は化学反応ではなく、物理吸着現象である。少し誤解を招く言い方になるが、ゴミを引っ掛けて取るフィルターのようなものである。よって、長時間使うとゴミでフィルタが目詰まりを起こす。それを洗浄液(軟水器の場合は10%食塩水)をながして、軟水器からゴミを流し取るのである。これが “再生” である。再生を行うことで、軟水器は何度でも使うことができるわけである。

 一回の再生作業に、我が家ではおよそ一時間かかっている。つきっきりでいる必要はないが、手間がかかることに変わりはない。これを、我が家では一週間~十日間隔で行っている。間隔が一定していないのは、季節によって水の使用量と水の硬度が変わるからである。夏場は間隔が短く、冬場は間隔が長くなる。

 私は軟水器に限らず、細かいメンテナンスが苦にならないので、この再生作業を定期的に行って軟水器を維持できている。しかし、うちのカミさんは 「そんなめんどくさいことは絶対にやりたくない」 そうである。

 めんどくさいことはしたくないけど軟水は使いたい、という人には、再生を自動的に行ってくれる軟水器もある。ただし価格も10万円を超える。

 頻繁な手間 か 高額な初期投資と維持費 のどちらかを必要とするのが軟水器である。これが私が、誰にでも軟水器をお勧めするわけではない理由である。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 あらためて “軟水” で検索してみると、二年前に比べて、軟水器を取り扱っているサイトが増えていることに気がついた。軟水が少しずつ普及してきているのかもしれない。

 
★ 私が見つけた軟水サイト (推奨ではありません)

uki☆uki☆せっけんライフ

AquaShop REI

快適軟水生活

三浦工業株式会社 軟水ホームページ

ソフトウォータークラブ

日立ES まるみずサイト

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2006/12/07

液晶モニター買い替え (後編)

 ということで、昨日の続きである。

 新品のモニターを買うことにして、どのモニターを買うのか一日悩む、ところから始まる。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 自分が今使っているモニターは、ナナオの液晶モニターである。17型の一番安いやつである。その前に使っていたのが、やはりナナオの17型CRTモニターであった。このCRTモニターは、1995年に買って、2005年まで10年使った。10年目に、画面の中央に黒い線が横に走るようになって、さすがにやばいと思い、今の液晶モニターに買い換えた。

 このときよく調べなかったのが災いした。品質には定評のあるナナオなので、全体としては満足度が高い。しかし、いくらナナオといえども、液晶パネルの性質までは変えられない。安いモニターには当然、安い液晶パネル=“TN” タイプ、が使われている。(液晶パネルのわかりやすい解説は、こちらのページを参照されたし。)  この TN タイプが曲者で、カタログスペックはけっして悪くない。応答速度はかなり優秀である。しかし、私にとっては致命的な問題があった。モニターを見る角度で、画面の色が微妙に変わるのである。私はよくデジカメで撮った写真を、自分が納得できるようにPC上で調整してから印刷をする。TN タイプの液晶モニターでは、ちょっとした目の位置や写真の上部と下部で色合いがずいぶんと変わって見えてしまう。私の使い方だと、高価ではあるが、“VA” タイプか、“IPS” タイプを選ぶべきであったのである。

 一日悩んだ結果、今自分が使っているモニターをカミさんに回して、自分用に新たに “VA” タイプの液晶モニターを買うことにした。さすがに値段の関係で “IPS” タイプはあきらめた。

 メーカーである。私は別にブランド志向はない。しかし、ナナオのモニター技術に関してはかなり信頼を置いている。自分のCRTモニターが10年がんばった。以前勤めていたソフトウェア会社でも、見比べてみるとナナオのモニターは他社のモニターに比べて品質が高い。見やすく感じるのである。正確に集計したわけではないが、寿命も他社のモニターに比べて長かった印象がある。

 このようにして一日悩んだ結果、ナナオの FlexScan S1721 を買うことにした。

 修理に出したものの、修理しないことに決めたモニターはどうなるのか? アイ・オー・データ機器のほうで “無料” で廃棄してくれるそうである。今は、液晶モニターを廃棄するのも有償である。アイ・オー・データ機器の場合は3000円となる。くしくも、今回代替モニターを借りるために支払った金額と同じである。つまり、損することなく代替のモニターを借りることができたことになる。

 注文したナナオのモニターは明日届くことになっている。また、10年使い続けられればいいな、と思っている。


FlexScan S1721-SH ブラック

SoftBank様用
EIZOダイレクト 液晶テレビ 液晶モニター 地デジ 高画質 新生活

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2006/12/06

液晶モニター買い替え (前編)

 今年はほんとうに電気製品がよく壊れる。HDDレコーダー → プリンター ときて、今度は “液晶モニター” である。私が使っているモニターではなく、カミさんの使っているモニターである。

 モニターは、“アイ・オー・データ機器 LCD-AD17CS” である。2001年に買ったものなので、ほぼ5年使ったことになる。液晶モニターの寿命は意外と短いとも言われているので、まる5年使えてきたので、「まぁ、しょうがないかな」 とも思っている。ただ、クチコミ掲示板に類似の故障が複数報告されているので、あるいは、このモニターに使われている液晶ユニットの不具合だったのではないかと、“ちょっとだけ”疑っている部分もある。

 9月ぐらいからモニターの電源が入ってしばらく同期が合っていないような“流れた画面”が表示されるようになった。そのままPCを起動させると、Windows の高解像度モードになったところで、正常に表示されるので、とりあえずそのまま使っていた。しかし、日に日に画面が流れる時間が長くなり、11月にはPCを起動させて、デスクトップが表示されてから30分ぐらい暖機運転しないと、正常に表示しなくなってしまった。そして11月末に画面が真っ白になり何も映らなくなった。

 アイ・オー・データ機器のホームページから、サポートページをのぞいてみると、修理中に有償で代替モニターを貸してくれるサービスがあった。モニターがなければ仕事にならないのでさっそく申し込む。費用は3000円、修理品の輸送費も含んでいるので、高いとは思わなかった。

 申し込んで翌日には、同機種の代替機が届いた。つなぎ変えてみてちょっとびっくり。代替機の画面が明るいのである。どうやら、5年の間に少しずつバックライトが暗くなっていたようである。もっとも、画面が暗くなって困ったことはなかったので、バックライトに限っていえば、まだまだ使えた。

 代替機が入っていた箱に修理品を詰め込んで、さっそく送り返した。

 週末に手紙で修理の見積もりが届いた。『修理をすると新品よりも高くつくので、後継機種への交換』 ということであった。見積もりは、約30000円である。そのほかにも、別な多くの機種が “お詫びの優待販売” として価格入りで紹介されていた。

 さっそく、該当機種を “価格コム” で調べてみた。“優待価格” は確かに安かったが、価格コムでの最安店とほぼ同じであった。

 今回のアイ・オー・データ機器のサポートの印象はよかったし、使っていたモニターに特に不満もなかったので、再びアイ・オー・データ機器の液晶に買い換えようかとも、最初は考えた。しかし、せっかく新品モニターを買うチャンスである。即決はせずに一日悩むことにした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ちょうど悩んだところで、明日に続く・・・。(最近このパターンが多いな・・・)

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2006/12/05

【私のお気に入り】 ゴーヤチップ編

Sany1920s  のど飴に続く、【私のお気に入り】第二弾。

 行きつけのスーパーで見つけた “ゴーヤチップ”。特にゴーヤが好きというわけでもなかったのに、なぜか買ってしまった。ちなみに、100円菓子コーナーにおいてあった。

 家に帰ってさっそく試食。「ん?以外に甘みがあるぞ。」  で、そのあとに、「おぉ、苦味が口の中に残るぅ~。」  しかし、この苦味が意外と悪くない。少なくとも私にとっては。

 当然のごとく、さっそく自作のゴーヤチップにチャレンジ。なぜか小さめのゴーヤが冷蔵庫に(笑)。実は、実家から他の野菜といっしょに送られたものだったりする。

 ところが、自作のゴーヤチップがうまくいかない。ぱりぱりにならずに、べちょっとなってしまった。温度が高すぎたのか、低すぎたのか、はたまたもっと別なノウハウがあるのか。再チャレンジはしていないので、今のところは原因不明である。

 自作は難しそうなので、とりあえず、スーパーにいったときにたまに買ってきている。

 ちなみに、このゴーヤチップをカミさんと子供にも食べてもらったが・・・、評判は極めて悪かった。 ○| ̄|_
 二人に言わせれば 「後味が最悪」 なのだそうだ。私にはあの後味もうまみへと変わるのだが・・・。やはり人を選ぶ(それも極少数)ということなのだろう。

 自作ができれば、中の種や綿も食べられるので無駄がない。また今度、機会があればチャレンジしてみよう。

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2006/12/04

やっぱ、ゼルダはいい

 昨夜から “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” をはじめて、すでにどっぷりとつかっている私がいる。

 昨夜は結局夜中の二時ぐらいまで遊んでしまい、今朝はなかなか起きられなかった。これを書いている日は休日ということで、家事をカミさんにまかせお願いして、今日もけっこう長い時間遊んでいた。

 やっと一つ目のダンジョンをクリアしたところ。これまでの作品に比べると、導入部がずいぶんの長く感じられた。最初の ゼルダの伝説 など、媒体の容量の関係なのだろうが、開始と同時に怪物の前にほっぽり出されて 「えっ (゜Д゜≡゜Д゜) 、ここどこ? どうすればいいの?」 という感じだったが、本作は導入部分がけっこうな長さとなっている。

 その長めの導入部分で、キャラクターの操作方法を教える、いわゆる “チュートリアル” を 「これでもか」 というくらい組み込んでいる。私から見ると、ちょっとうっとおしいぐらいの量に感じる。しかし、本作は Wii の目玉ゲームの一つであり、Wii のヌンチャク コントローラーの使い方の見本ゲームと考えれば、しつこいまでの操作方法の説明から、私なんかは任天堂のポリシーを感じる。

 遊びやすさの点で言うと、本作のベースとなっているニンテンドー64用 “ゼルダの伝説 時のオカリナ” よりも、今のところはアクション部分の操作性をやさしくしていると思う。その一つが、敵のロックオンがしやすくなっているところにあると思う。本作は、3D、つまり三次元で表現されるゲームであり、特定の方向を向いたり、進んだりするのが二次元表現より難しい。そのような状況では、戦っている相手をシッカリと固定できることが遊びやすさにつながる。そして、こちらからの攻撃があたりやすくなっていると思う。

 余談になるが、最初の “バイオハザード” では、出荷直前まで射撃の照準がリアルでシビアだったと聞いている。そして、そんなシステムでは、一般のゲーマーはほとんど遊べない状態だったらしい。それを途中から入った優秀なディレクターが無理やり出荷直前にもかかわらず、射撃を自動追尾させるように変更させたらしい。そのおかげで “バイオハザード” は面白いゲームとなり、大きなヒットにつながった。

 上記以外でも、必要なところで、画面の一番下に必要なボタンが表示されるのも遊びやすくしている点だと思う。以前の作品では、音で知らせるだけだったり、ヒントをくれる補助キャラクターが点滅するだけだった記憶がある。

 一番改良されたと思うのが、飛び道具のロックオンシステムである。“時のオカリナ” では、ブーメランでの射撃は、照準が完全にフリーで、思ったところになかなかいかなかった記憶がある。それが、本作では目的の近くに標準を近づけるとある程度の範囲で照準をロックできるようになり、アナログスティックを使った照準作業がずいぶんと楽になった。以前のイライラを Windows で表現すれば、ゴマ粒大のボタンをマウスポインターでいくつも追いかけていってクリックする作業を繰り返す感じである。プロのゲーマーならまだしも、普通の人ではイライラして、
(ノ`д´)ノ彡┻━┻  ← こうなるのがおちである。

 ブーメランの照準作業に限らず、全体的に操作に関するイライラが減っているのがわかる。数値測定したわけではないので、何がどのくらい遊びやすくなったのかがはっきりしているわけではない。でも、歳をとって反射神経が年々鈍くなっていく私が遊びやすく感じるのだから、前作より確かに遊びやすくなったと思っている。

 やはり任天堂のすごさは、見た目や最先端技術ではなく、ゲームの本質である “遊んでいて楽しい” 部分であると、あらためて思い知らされた。私も過去に、ソフトウェアの仕様を書いたことのある。ユーザーに使いやすいソフトウェアにするために、ユーザビリティ テストも多くやってきた。そういった人間から見ると、これだけ細かいところまで作りこめる組織やシステムをもっているというのは、ほんとうにうらやましく感じる。

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2006/12/03

ゼルダが家にやってきた

 待ちに待った “ゼルダの伝説” の最新作が届いた。やり始めると、ほかのことをやりたくなくなってしまうのがわかりきっているので、まだはじめてない。(汗)   なにしろ家事が滞ると、カミさんと子供から集中砲火を受けるので、それだけは避けなければならない。

 最初の “ファミコン ディスクシステム” の頃からの、第一世代ゼルダ マニアである。ゼルダをやるために “ディスクシステム” 買い、“ゲームボーイ” を買い、“ゲームキューブ” を買った。スーファミ が抜けているのは、スーファミはゼルダが出る前に買っていたため。ニンテンドー64 が抜けているのは、もっている友人からゼルダをやる間だけ借りれたため。

 ゲームキューブにいたっては、前作の “ゼルダの伝説 風のタクト” しかソフトはもっていない。今回の ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス が、我が家のゲームキューブ用ゲームの2本目である。まさに、ゼルダ専用マシーンである。

 Wii を買わなかったのは、単にゲームキューブ用の ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス が発売されたからである。Wii 専用であったなら、おそらく今頃 Wii を買っていただろう。

 名作といわれた “ゼルダの伝説 時のオカリナ” を上回る評価とのうわさも聞く。Wii のダイレクトな操作で遊べないのは残念な気がしないでもないが、それでゼルダの本質が変わるわけでもない。ゼルダの 「解けなさそうで解ける謎」、「倒せなさそうで倒せるボスキャラ」 といった絶妙のバランスがまた体験できるかと思うと、この歳になってもやはりワクワクする。

 さて、子供も寝たし、私も “ハイラル王国” へ旅立つことにしよう。

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2006/12/02

プリンター iP7500 ICMを使った印刷 (後編)

 前日の続き。いよいよ、ICM を使った具体的な印刷方法についてである。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 “色の校正” を選び、さらに用紙プロファイルを適用すると、Paint Shop Pro 7 上では、白が真っ白ではなく、クリーム色で表示されるようになる。“印刷用紙上の白” がモニター上で再現されているわけである。この状態で、プリンタードライバーの “ICM を使用: オン” にして印刷をすると、はたして、画面上のカラーチャートときわめて近い色が印刷されてきた。

 何度か印刷するときに気がついたことがある。プリンタードライバーの “ICM を使用” オプションを切り替えたときには、画像ファイルを一度閉じて、もう一度読み込みなおす必要がある。そうしないと、画面上でクリーム色で表示されている白の部分が、印刷上でもクリーム色となってしまうのである。どうやら、以前に PM-900C でうまく印刷できなかったのは、この現象のようである。Paint Shop Pro 7 の仕様なのか不具合なのかはわからないが、なんともめんどくさい現象である。なお、白が白で印刷されるかを事前にチェックするのに、プリンタードライバーのプレビュー機能はきわめて有効だった。プリンタードライバーのプレビューでは、実際に印刷される色味で表示されるので、無駄な印刷をすることなく ICM 機能のチェックをすることができた。

 前述したキヤノンのカラーマネージメント解説では、「アプリケーション側でプロファイルを指定する場合には、ドライバー側では “ICM を使用” を使わずに、“マッチング方法” を “しない” に設定する」 とある。私はこれも試してみたが、私の環境ではうまく印刷されなかった。Paint Shop Pro 7 では、用紙プロファイルを画像に組み込むのではなく、単に表示をエミュレートしているだけ、だからだと思われる。

 いずれにしろ、画面の表示色と印刷後の色をかなり近づけることに成功した。実際の印刷結果をデジカメで撮影してみた。

Photo   左が “マッチング方法:しない” 、右が ”ICM を使用”

見る人の環境によって、色は正確に再現できないかもしれない。でも、両者の色合いの違いは確認できると思う。モニターと印刷結果を比較すると、明らかに右の結果がモニター上の色にかなり近い。見てもらえばわかるが、赤系、黄系、グレー系は色の濃淡の差で収まっているように見える。一方、青系、シアン系、緑系、マゼンダ系は、色合いまで違って見える。特に、青系、シアン系の色の違いは、別な写真にしてしまうのではないかと思うくらいの色の違いである。

 そこで、カラーチャートではなく、実際の写真を読み込んでみた。確かにモニター上でも、かなり黄色がかった色で表示された。白い部分を白で表示されるように補正しても、黄色の偏りは直りそうになかった。

 私は発想を変えて、黄色の補色である青へ、画像全体の色を偏らせることにした。具体的には、白になるはずの部分を、薄い青になるように補正したのである。これが思いのほかうまくいった。黄色の偏りがなくなり、全体的に自然な感じとなった。

 最後に、Paint Shop Pro 7 上で彩度を上げたり、明るさを調整したりした。以前は、プリンタードライバーの VIVID オプションで彩度を上げていた。しかしせっかく ICM を使って印刷するのだから、プリンタードライバーでの自動補正をやめて、画面に近い色で印刷することを選んだ。

 まだ、細かい調整は始めたばかりである。きれいに印刷ができるような画像の調整方法はまだ模索段階である。ただ、画面で再現した色が、かなり近い色で印刷されるようになったことで、これまでのように 「思ったように色が出ない」 と悩むことだけはなさそうである。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 今回 iP7500 で、期待した色で印刷できる方法を模索して感じたことがある。エプソンとキヤノンのスタンスの違いのようなものである。

 エプソンは、プリンタドライバーやアプリケーションの設定をいじらなくても、それほどおかしな印刷結果を出さないように思う。むしろ、自分で写真をいじくるよりもきれいに印刷されるかもしれない。

 キヤノンは、ユーザーが画面上に表示しているもの と 紙の持つ性質 を素直にそのまま印刷に出そうとしているように思う。

 素人な私から見るとエプソンのスタンスのほうが助かる。見かたを変えると、エプソンのプリンターでは、エプソンがきれいだと思う補正でしか印刷されないといえるかもしれない。しかし、その “エプソン補正” が多くの人にとって “きれい” だと感じるのであればそれでいいのではないかと思っている。

 キヤノンのプリンターでは、自分が補正した写真がそのまま印刷されるので、補正のしがいがある。しかし、多くのユーザーが撮った写真を自分で補正しているとは思わない。デジカメや記録メディアから直接印刷するニーズが高いことからも、“写真” を自分で補正することの需要は全体から見れば少ないと考えている。

 しかしながらキヤノンは、高額一眼レフカメラも多く発売しているメジャーなカメラメーカーでもある。おそらく、そういった高額一眼レフカメラユーザーは、写真にこだわり、写真の印刷にこだわっていると思われる。そういった、こだわりの写真を印刷するプリンターとして、自社プリンターを位置づけていると考えれば、モニター表示に素直な印刷というのが必要なスタンスなのかもしれない。

 私個人としては、“エプソンカラーを積んだキヤノン プリンター” がほしいのだが・・・。

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2006/12/01

プリンター iP7500 ICMを使った印刷 (前編)

 今回は、私が キヤノン プリンター iP7500 で ICM を使った印刷が出来るようになるまでの話である。「ICM なんて常識じゃん」 という方には、退屈な話になると思われるが、少々お付き合いいただきたい。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 初回の印刷テストで、以下の設定での印刷に落ち着いたことを書いた。

用紙の種類: プロフォトペーパー
印刷品質: ユーザー設定: 品位: 1、ハーフトーン: 誤差拡散
色/濃度: マニュアル色調整: マッチング方法: 写真用、明るさ: 明るく(ガンマ1.4)
特殊効果: VIVIDフォト: オン

その後の、数種類の光沢ハガキの比較テストでも上記の設定を用いた。

 しかし、それで満足していたわけではなく、その後も、機会があるごとに設定を変えて印刷テストを続けていた。そして、今回ようやく満足できそうな印刷設定のきっかけを見つけた。それが “ICM(Microsoft Image Color Management)” を使った印刷である。

 私が本格的にデジカメ写真を自分で印刷するようになったのが、1999年である。エプソンの PM-900C を買ったのが2000年末。現在も使っている画像ソフト “Paint Shop Pro 7” を購入したのが2001年。つまり、5年前の2001年には、すでに ICM を使った印刷が可能だったわけである。実際、何度か Paint Shop Pro 7 から ICM を使った印刷を行った。しかしそのときは、全体的に黄色がかぶった印刷結果になってしまい、ICM の正しい使い方がよくわかっていなかった。何よりも、PM-900C を使っていたときは、下手に設定をいじくるよりも、“オートフォトファイン” を使ったり、ドライバーでそのまま印刷しただけで、充分満足のいく印刷結果が得られた。そのために、無理して ICM を使う必要はなかったのである。

 今回、プリンターを iP7500 に変えて、印刷結果が黄色に傾くことがどうしても気になった。キヤノンのプリンタドライバーに “オートフォトパーフェクト” という機能がある。しかし、エプソンのオートフォトファインのような満足感は得られなかった。検索サイトで調べてみると、“クチコミ掲示板” に同じような質問が上がっている。ということは、この傾向はこのプリンターの “クセ” ということになる。そうなのであれば、やはり根本的な解決策を今のうちに見つけておかないと、あとあとまで悩まされそうだと思った。

 そこで再度チャレンジしたのが、一度挫折をした ICM を使った印刷である。自作のカラーチャートを使い、設定を変えて何度も印刷を試した。

Color_chart 自作のカラーチャート

 その結果、ようやく正しい ICM を使った印刷ができるようになった。『必要は発明の母』ということわざではないが、必要なときには、必死になってかんばるので何とかなるものである。

 Paint Shop Pro 7 では、“色の管理” で ICC プロファイルの設定を行う。色の管理を有効にした後、“基本的な色の管理” か “色の校正” を選ぶ。“基本的な色の管理” は、モニターとプリンターの色を一致させるものであり、今までずっとこの設定で使っていた。もう一つの “色の校正” を選択すると、モニター、プリンターのほかにもう一つ “エミュレートされるデバイス プロファイル” を選択しなければならない。私にはこれがよくわからなかった。今回、キヤノンのサイトの “カラーマネージメント” を解説しているページを読んで、初めて用紙にも “ICC プロファイル” があることを知った。そう、“エミュレートされるデバイス プロファイル” には、用紙のプロファイルを指定すればよかったのである。

 余談になるが、“色の校正” の説明として、「別の機器に表示される色を、使用しているモニターやプリンターで確認します。」 と書いてある。『別の機器』 という用語に、私はすっかりだまされたわけである。「別の機器や用紙に表示される色を、・・・」 のような説明はできなかったのだろうか。

 キヤノン製の用紙のプロファイルは、数種類がプリンタードライバーといっしょに組み込まれていた。しかし、その表記がまたよくわからない。先ほどのページによれば、ファイルのプロパティに “用紙の種類” と “印刷品位” が書かれているとのこと。さっそくファイルを探してみると、“ウィンドウズ フォルダ内の \SYSTEM32\SPOOL\DRIVERS\COLOR” にファイルがあった。それぞれのプロパティーをのぞいてみると、ファイルが対応する用紙と印刷品位は以下のとおりであった。

CNB7ECA0 = Canon iP7500 PR1 (プロフェッショナルフォトペーパー、品位1)
CNB7ECB0 = Canon iP7500 PR2 (プロフェッショナルフォトペーパー、品位2)
CNB7ECC0 = Canon iP7500 PR3 (プロフェッショナルフォトペーパー、品位3)
CNB7EDB0 = Canon iP7500 MP2 (マットフォトペーパー、品位2)
CNB7EEB0 = Canon iP7500 SP2 (スーパーフォトペーパー、品位2)
CNB7EEC0 = Canon iP7500 SP3 (スーパーフォトペーパー、品位3)
CNB7EHB0 = Canon iP7500 FA2 (ファインアートペーパー、品位2)
CNB7EJB0 = Canon iP7500 FC2 (エコノミーフォトペーパー?(ECの間違い?)、品位2)

 それにしても、ロングファイル名が使える今、記号みたいなファイル名を使っているんだろう。他者や標準で組み込まれているプロファイルにはわかりやすいファイル名がつけられているのに。

 一通りすべての用紙プロファイルを試してみた。多少の違いはあるものの、各用紙プロファイルに大きな違いはなさそうである。そこでテストでは、ドライバーの設定に合わせて、“PR1” を選択した。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 また、話が長くなりそうなので、続きは明日とする。どうもプリンターの話になると、細かい説明が必要になって、話が長くなってしまう。

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