できるようになる人、できなくなっていく人 (老人介護に思う)
姉が今、知的発達障害を持つ人たちが通う施設で働いている。そんな姉から聞いた話である。
今の施設で働く前は、姉は訪問老人介護の仕事をしていた。何年か介護の勉強をして就いた仕事である。ところが、けっこう重労働らしく、とうとう腰を痛めてしまった。そんなときに、知り合いである今の施設の保健婦に誘われて、今の施設で働くようになったそうである。
知的発達障害を持つ人たちは、見た目は大人あるいは中高年であっても、考え方や思考は子供のままだそうである。その施設で働き始めた頃は、四十代の人に 「塗り絵がしたい」 等と言われて、姉はけっこう戸惑ったりしたそうである。
施設に通ってくる人たちは(内面が)子供である、ということは、日々成長しているということでもある。成長の速度はもちろん一般に比べればはるかにゆっくりしている。しかし、“昨日できなかったことが、今日はできるようになる”、“昨日言っても理解できなかったことが、今日は理解できるようになる”、そういった一つ一つに、姉は喜び、施設に人も喜んでいるそうである。そして、それがその施設で働いている人たちのモチベーションを高めることの一つになっているは間違いない。
一方、以前にやっていた訪問老人介護は、まさにそれとは逆だったということだ。つまり、“昨日は自分で食事を口に運べたのに、今日は自分で食事を取ることができなくなった”、 “昨日は一人で起きられたのに、今日は自分ひとりでは起き上がれない”、ということが日常茶飯事だったそうである。そして、それは身近に接している者としてはとてもつらいことである、と言っていた。
この話を聞いて、私は今後もっと顕著になっていく高齢化社会の新たな問題を、見たような気がした。
つまり、今後介護を必要とする老人がどんどん増えていく。それにともない、増えた老人を介護するための仕事に従事する人も増えていく。ところが、毎日身近に接している人がどんどん衰えていくのを見続けるのである。それにうまく適応していける人もいるだろう。しかし当然、それに対して適応できない、私の姉のような、人も多くでてくることが予想されるわけである。そうすると、老人介護に携わる人は、政府や社会が考えているようには増えないかもしれない。私も今後どんどん年老いて、やがては介護を必要とするようになるかもしれない。しかし、そのときには介護をしてくれる人がとても不足していて、満足に介護を受けられないかもしれない。
そう考えると、老人介護に従事する人へのメンタルケアは、意外と重要なことなのかもしれない、と思ったわけである。
| 固定リンク
「心と体」カテゴリの記事
- 吸水式の冷感スカーフを比較してみた(2011.07.18)
- 空気清浄機が我が家でも役に立った・・・、と思う(2011.04.06)
- 寝ていて肩こり(2010.04.12)
- 遠近両用メガネにちょっと後悔・・・(2009.11.24)
- 激痛!!(2009.08.09)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- ニンテンドー3DS専用拡張スライドパッド を使ってみて(2012.02.16)
- ニンテンドー3DS専用拡張スライドパッド を買った理由(わけ)(2012.02.15)
- 『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』 は Wii を買ってでもやる価値あり(2011.12.15)
- スーパーマリオ 3Dランド 完全制覇(2011.11.21)
- TPPに関して思うこと(2011.10.28)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント