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2007年1月の23件の記事

2007/01/31

Windows Vista Upgrade Advisor

 Windows Vista が一般向けに発売された。

 私は手持ちのパソコンを Vista にアップデートする予定はない。何しろ数年~10年も前のパソコンである。Vista がまともに動くとは思っていない。

 とはいうものの、どのあたりがボトルネックになっているかには興味がある。そこで、“Windows Vista Upgrade Advisor” という、マイクロソフトが公式に公開しているツールを動かしてみた。

 こちらのサイトからダウンロードをして、インストールを実行。途中でなにやら 「XML 関係のモジュールをアップデートしろ」 といってきたので、素直にアップデートする。インストールするモジュールは、それほど大きいものではなかったので、インストールはすぐに終わった。

 インストールの終了を示すダイアログを閉じると、さっそく Windows Vista Upgrade Advisor が起動する。使い方は、“Start Scan” ボタンをクリックするだけ。簡単である。クリックすると同時にパソコンのスキャンが始まる。スキャン中の画面には、Windows Vista の四種類あるパッケージの特徴が説明されている。

 予想通り、スキャンにはけっこう時間がかかるようだ。

 待つ・・・。

 待つ・・・。

 待つ・・・。

 待つ・・・。

 待つ・・・。

 待つのにも飽きたので、ほかの事を始めた。そういえば、録画してまだ見てないテレビ番組があったので、それを見ることにした。

 20分ほどテレビ番組を見たあと、飲み物をもってパソコンのところに戻ってきた。

 スキャンは終わっていた。「エラーで中止しました」 のダイアログとともに。orz

 「エラーがでるときは、一度アンインストールをしてから、サイドインストールをしろ」 ということだったので、一度アンインストール ⇒ 念のために再起動 ⇒ インストール ⇒ もう一度再起動 ⇒ Windows Vista Upgrade Advisor の起動、の手順を踏んだ。

 再度の長いスキャンのあと、再びエラーでスキャンが中止。 ○| ̄|_

 これ以上はやるだけ無駄だと思い、すぐに Windows Vista Upgrade Advisor を削除した。

 結局、ツールで調べるまでもなく、私のパソコンで Windows Vista を実行するのは “ムリ” ということですか。そうですか・・・。
(´・ω・`) ショボーン

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2007/01/30

ITプロジェクトの実態

Project_comedy_l  この絵は、ずいぶんと有名みたいだから、見たことがある人も多いと思う。私が始めてこの絵を見たのは、もう十年ぐらい前だと思う。十年前に初めてこの絵を見たときは、感動すら覚えた。これほどまで実態を、的確にかつわかりやすく表現できるものかと。

 リンク先のブログを読むと、この絵はもう30年以上前に描かれたものとか。つまり、30年以上 IT 業界は、扱っているものは変わっても、やっていることは変わってないということか。もしかしたら、この絵は、IT に限らず、製造業全体に当てはまるのかもしれない。そうすると、人類の歴史で繰り返し行われてきた経済活動を表現できているのかもしれない。(ちょっと大げさ)

 つまり、

  • 注文する人は、必要最低限では物足りなくてちょっと無駄に要求する。
  • 注文を受けた人は、受けた注文を正しく理解せずに自分の思い込みでデザインする。
  • 実際に物を作る人は渡されたデザインを自分に都合のいいように勝手に変更して組み上げていく。
  • 出来上がった物は注文した人の注文からは大きく見劣りがしていても、
  • 請求される金額は何でもできる万能マシンぐらいになる。
  • 納品したあとは、壊れても修理も受けられない。

 しょせんこの世はだましあい。モラルや良心を持たずに、やりたいことをやったものが勝ちということか。なんだかな~・・・。

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2007/01/29

【感謝】 累計アクセス1万

 2007年1月28日 15時52分33秒、累計アクセスが 1万 になった。

 これまで多くの方々にアクセスしていただいたおかげで、累計アクセスが 1万 を超えた。累計アクセス1万は、ブログを始めてからの最初の目標だった。それが、予想よりもはるかに早く達成できて、自分自身で驚いている。

 2004年11月にブログを始めたものの、一度は更新を挫折。

 昨年9月に奮起して再開。今度は挫折をしないように、なるべく毎日更新することを心がけた。しかし9月中は、書けども書けども訪問者が増えなかった。アクセスがまったくない日が何日も続いた。再び挫折しそうになる気持ちを奮い立たせて、書き続けた。

 流れが変わったのは、10月に入ってからであった。毎日コンスタントに訪問者が来るようになった。そうなれば、書いている私のモチベーションも上がる。

 10月、11月は、毎日訪問者が増えていった。毎日アクセス数を見るのが楽しくてしかたなかった。

 最近は、1日の平均アクセス数が 約100、平均訪問者数が 約70 で安定している。匿名で、取り立ててサプライズもないブログに、毎日70人も見に来てくれる。ほんとうに感謝、感謝である。

 累計アクセス数を見ると、“プリンター” 関係が圧倒的に多い。集計時期がちょうど年末になっていることが影響しているためだろう。年が明けてからは、プリンター関係へのアクセスが目に見えて減っている。(苦笑)

 次に累計アクセスに貢献していると思われる話題が “Norton AntiVirus” ネタである。前後編の二回しか書いていないのに、一時期は一日のアクセスの半分が Norton AntiVirs へのアクセスだった日もあるほどである。どうなのよ? シマンテックさん?

 私にとっては意外なことに “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” へのアクセスが Norton AntiVirs に迫るほどにアクセスがあった。検索キーワードを見ると、おそらく攻略方法を探しているうちに、私のブログに迷い込んできたと思われる。そういった方々には、「申し訳ない」 という気持ちである。

 次は、このあと何年かかるかわからないが、累計アクセス10万 を目指してがんばってみようと思う。

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2007/01/27

ほめるだけでいいのか?

 最近は育児に関して、

「しかってはいけない。とにかく、ほめろ。ほめて育てろ。」

というような話を聞くことが多い気がする。しかし、そんな単純な話ばかりを聞いていると、ついつい 「それは違うだろう」 と、私の中の天邪鬼が顔を出してくる。

 実際、前の会社の友人であるマネージャーが、

「最近の若い世代に、軽く叱責されただけでひどく落ち込んで、仕事ができなくなる人たちがいる。そういう人たちは、やった仕事をすべてほめられないと仕事が続かない。」

とぼやいていた。私はこれを、“ほめられるだけで育てられた後遺症” だと考えた。

 物心つくころから何でもほめられる。なにをやってもほめられる。おそらく、やったことがうまくいかなくても、“やった” ということだけでほめられたのだろう。そうやって何年も成長していけば、やがて、“なにをやってもほめられることが当たり前” と思い込むようになるのだろう。確かに、それが死ぬまで続くのならば、問題はない。

 しかし、現実社会はそうは行かない。いくらがんばろうが、努力しようが、成果を出せなければ、ほめられることはない。成果を出しても、「それは当たり前のこと」 としてほめられないこともよくあること。

 そんな現実社会に、“なにをやってもほめられる” と信じている人間がやっていけるか? おそらくムリだと、私は考える。“三つ子の魂百まで” ではないが、子供の頃に染み付いた考えというものは、そう簡単に変わるものではない。私も、親に身の回りのことずっとを何でもしてもらっていたため、人が何でもお膳立てをそろえてくれるという考えがなかなかとれなかった。それで、社会人になってからずいぶんと苦労をしたものである。

 私の子供には、小さい頃から少しずつ現実社会の厳しさを学んでいって欲しいと思っている。

  • いくらがんばっても、それだけでは他人に認められないこともある。
  • 自分がやりたいことをしただけでは、他人はほめてはくれない。
  • 他人にほめられようと思ったら、他人がうれしいをしなければいけない。

などなど。小さい子供には確かに厳しいことだと思っている。私としては、実際にそういう現場に向き合ったときに、一刻も早くその状況に適応して先に進んで欲しいと思っている。そのことが結果として、子供の幸せな人生につながっていくと信じているから。

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2007/01/26

【私のお気に入り】 和匠高円 黒糖どらやき風うらら

 “リビング むさしの” で特別賞をもらったお店 “和匠高円” の看板商品 “黒糖どらやき 風うらら”。

 「評判がいいものは、とりあえず一度は試してみる」 という主義の私は、さっそく買いにいった。しかし、初日は売り切れで買えなかった。orz おそるべし、リビング むさしの。

 次の日も買いに行った。そして、滑り込みで最後の四個を買うことができた。受賞記念で20%引きだったのラッキーだった。ちなみにどらやきは一つ百五円(税込み)。すべて手作りのはずなのに、その安さに驚かされた。

 子供が学校から帰ってきてから、さっそくいただく。

 なるほど、パン生地のほうにも黒糖が使われているのか。今まで食べてきたどらやきよりも、パン生地がしっとりとしている。中の餡は、つぶ餡。甘さは控えめ。しかし、餡のうまみは十二分に味わえる。なるほど、一日に1000個も売れる理由がわかったような気がする。普段はどらやきなど見向きもしない子供も、「おいしい、おいしい」 といって、一つペロッと食べてしまった。翌日も 「どらやき、ある?」 ときいてくるほどの気に入りようである。

 一つ百円。十個入りでも1000円。ちょっとした手土産にはもってこいだと思った。

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2007/01/25

桔梗屋と呼ばれた

 先日、アチコチのサイトを見て歩いていたら、こんなサイトを目にした。

公取、中古二輪車のメーター巻き戻しで初の排除命令

 多くの人にとっては、別段、どうということはない内容だ。しかし、私はこれを読んで、大学時代の悪事(というほど大げさでもないが)を思い出した。

 どういうことかというと、中古で “三万円” で買った原付バイクを、一年後に “七万八千円” で売ったことがあったのだ。なぜそんなことが可能だったかといえば、走行距離メーターにちょこっと手を加えたからであった。(^^;)

 サークルの仲間には、メーターの巻き戻しがばれ、買ったときの二倍以上の値段で売ったこともばれた。そして、私は仲間から “桔梗屋” と呼ばれるようになった。orz

 桔梗屋 とはもちろん、アニメ 一休さん にでてくるずるがしこい商人のことである。Wikipediaをみると

「根は悪い人ではなく、将軍へはもちろん、安国寺にも度々贈り物を届けたり、案外信心深い。」

とある。そう、根は悪い人ではないのである。(^^;)

 でもま~、状態はよかったし、その後、買った本人からクレームはつかなかったし、そもそも、当時は、リミッターなしの原付は平気で十万円以上していたし、えっと、えっと・・・・

 若いときのちょっとした過ちだと見逃してください。m(_ _)m

【今日の一言】

「認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを・・」

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2007/01/24

棍棒をもった人間はふりまわさずにはいられない

 「棍棒をもった人間はふりまわさずにはいられない」

 なかなかの “名言” である。 FIFTH EDITIONSCEと任天堂の「いつか来た道」” で使われていた。この記事は、長文好きな私 (^^ゞ から見ても、かなりの力作、長文である。しかも、よくまとまっている。私も飽きずに最後まで読めた。

 事実関係については、島国大和のド畜生 で何点か突っ込まれて、訂正をされている。といっても、本質が変わってしまうほどの間違いはない。間違いをそのまま受け取ってしまったとしても、「まぁ、問題ないかな」 と思える程度である。

 家庭用ゲーム業界、家庭用ゲーム機、家庭用ゲームソフト、家庭用ゲーム商品流通、家庭用ゲーム業界主導権争い、家庭用ゲームの歴史、といったことに興味がある人は、一度読んでおいても損はない内容だと思う。

 私自身は、これを読んで、“自分の知識と認識の確認” ができたと思っている。そして、私が記憶していた認識があまり間違っていなかったことが確認できた。

 私にとっての新たな発見もいくつかあった。

 “空白の17分間” は、Wikipedia で一項目ができていることに、思わず笑ってしまった。

 DS と PSP の売り上げ実数がわかったのも収穫であった。私も、これほどまで差がついているとは想像していなかった。

SCE社長 久多良木健  「それがPSPの仕様だ」

任天堂社長 岩田聡     「我々はハイエンドには未来はないと思っている」

 前後の発言を無視して、発言の一部だけを取り出してコメントしたり比較するのは、意味がないばかりか、事実をゆがめる危険がある。しかし、“SCEと任天堂の「いつか来た道」” で紹介された両者のこのコメントが、現在の SCE と 任天堂 の姿勢を象徴しているように、私には思えた。

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2007/01/23

発覚!「あるある大辞典」

 上記のタイトルは、livedoor ニュース http://news.livedoor.com/topics/detail/2988394/ からいただいたものである。

 以前からおかしいといわれていた番組の一つであるので、私はいまさら驚かない。むしろ、ここまで大きく取り上げられて、ようやく “詐欺まがい” な番組が一つ減るのかな、と喜んでいる。

 今回の一連のニュースの中で私が一番興味深かったのは、“放映前に内容が大手に漏洩” というものである。この種の情報番組では、前から言われていたことである。それが、今回の事件で大きく報道された。市場を拡大するために、公共の電波を使って消費者をだますようなまねをする。それが今のテレビ放送ビジネスモデルの一つだ。紹介された商品に関連する業界は、特需に潤い、テレビ局もそこからのリベートで潤う。損をするのは、テレビ放送を信じてだまされた一般消費者。

 平日お昼に毎日やっている情報番組では、有名な司会者が取り上げるネタを取り仕切っているらしい。そして、そこで取り上げてもらうためには一千万円を要求されたという “噂”(あくまで“噂”ね)もどこかで読んだことがある。

 毎度毎度の繰り返しになるが、今のテレビ放送ビジネス モデルには、情報操作や経済への悪影響という意味で問題が多すぎると感じている。「地デジ、地デジ」 と叫んで、多くの国民の負担を強いるのなら、その際に一度すべてをチャラにして、より多くの国民にとって有益なシステムになって欲しいものだと、個人的に願ってやまない。

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2007/01/22

テスティング -テスティングに役立ったもの-

 前回の記事の余談である。

 私は大学時代は、ソフトウェアーとはまったく無縁の分野を勉強してきた。では、大学時代に学んできたことは、まったく何も役に立たなかったのか? といえば、ぜんぜんそんなことはない。むしろ、多くのことがテスターで生きてきた。

 実験結果と予想が大きく異なったときに、あらゆる観点からの考察を心がける、という訓練が、多くのバグの発見につながった。テスターになってから仕様策定者になるまでの六年間、どのチームにおいても一番バグを見つけるテスターでいつづけられたのは、大学時代の研究での経験のおかげだと思っている。

 また、私はバグのレポートを書くことにそれほど苦労をしなかった。周りには、下手をするとバグを見つける時間よりも、はるかに長い時間をかけて、バグ レポートを書いているテスターがけっこういた。バグ レポートには、“簡潔性” と “正確性” が同時に要求されるため、けっこう高度な作文スキルが要求される。私は、大学時代に先生方からレポートや論文の書き方についてしつこく指導されたおかげで、バグ レポートにはあまり苦労しなかった。大学の先生方に常時、「百人読んだら、百人とも同じ解釈ができる文章を書け」、「主語を省くな。われわれは文学を書いているわけではない。」 と言われ続けたおかげである。

 逆に、ソフトウェアを専攻してきたプログラマーの同僚に、「大学時代の勉強が、この仕事でどのくらい役に立っているか」 聞いたことがある。答えは、「斜めに引かれた線の先端にきれいに矢印を描画するための数式ぐらいかなー」 というものであった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 一方、テスターの経験は、日常生活でも役に立っている、といったら大げさであろうか。パソコンを使ってインターネット上から情報を収集したり、ショッピングサイトで買い物をすることは、私はもはや日常だと思っている。そんな日常の一部になっているパソコンに何らかのトラブルが発生したときに、原因を突き止めたり、原因を取り除いて復旧したりするのに、テスターの経験は大いに役に立っている。

 もっとも、そのスキルが災いしている友人もいる。その友人は、パソコンを日常的に使っている叔父さんがいるそうである。そして、ちょっとでもトラブルがあると、友人を呼び出すそうである。要は、無料で使いやすいヘルプデスクにされているわけである。「行って帰ってくるだけで三時間もかかるから、ほんとうは行きたくないんだよね~。でも親戚だから無視するわけにもいかないし~」 とぼやいていた。

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2007/01/20

テスティング -テスティングから得たもの-

 ねこさんから、なかなか鋭い質問をいただいた。せっかくなので、その質問に対する私の返答を今日のネタとした。こういった質問に対しては、言いたいことが山ほどあり、おそらくコメント欄だけでは収まりきらないだろう、と思ったからでもある。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

果たしてこのテスティングの経験は役に立つのかしらん?

という問いに対して、残念ながら私は明確な答えをもっていない。というのも、テスター以後のテスティング以外の仕事は、すべて同一企業内での転“職”であり、テスターのスキルを前提にした転“社”をした経験がないからである。企業内転職であれば、やる仕事はだいたいわかっているし、仕事の進め方が大きく変わることもない。しかし転社であれば、同じ職種であっても、仕事のやり方・進め方がまったく変わったとしてもおかしくない。そういった意味では、私にはその経験がない。

 一方、逆の立場ならば、少しばかりの経験がある。他社でテスターをしていた人を何人か面接したことがある。結果を先にいえば、いずれの希望者も採用しなかった。私から見て、テスターの経験があまりにも貧弱だったからである。テスト スクリプト や テスト ケース といったテスティングの基本的な経験が見られなかった。テスター経験を考慮しなかったとしても、私の考えるテスターの資質が見られなかった、というのが理由であった。採用する側から見れば、単に 「テスターをしていました」 という申告だけで採用する気になるわけではない。“何を”、“どのように”、“どういった”、テスティングをしてきたのかが、私にとっては重要なポイントであった。

 私は前の会社にテスターとして採用された。それまで、私にはテスターの経験はおろか、ソフトウェア開発にかかわったことすらなかった。しかし、ヘビーユーザーとして、多くのソフトウェアを体験していた。そして面接のときは、「一太郎は、○○○は使いやすいが×××は使いにくい。×××については松のほうが使いやすい」 といった意見を述べたことをよく覚えている。そういったことも、テスターとして採用された理由になったと考えている。

 何が言いたいかといえば、他の職種からテスターになるときも、テスターから他の職種になるときも、同じことがいえるのではないかということである。テスターをしていたこと、それ自体が重視されるのではなく、テスターをしていたときに “どういう経験をしてきたのか”、“どういうことを学んだのか” ということが問われるのではないか、と思うわけである。

 前の会社では、私はテスターから仕様書きに転職をした。仕様を策定するにあたっては、テスターでの知識と経験は大いに役立った。むしろ、テスターの経験がなく、いきなり仕様の策定業務に回されたら、おそらくはまともな仕様が作れなかったと思う。

 私がテスターだった頃、一時期、マクロを組んだり、外部ツールを作ったりして、プログラミングの勉強をした。携わった製品が、パソコン(Windows) 用のソフトウェアだったので、Windows プログラミングについても勉強をした。実際に製品に直接関係したプログラミングをすることはなかった。しかし、製品がどういったルールでプログラミングされているのかを知っていなければ、より高度なテスティングをすることはできない。私の知っているテスターには、テスティングでプログラミング スキルを高めて、プログラマーへと転身していった人もいる。

 他社製品との連携テストも必須であった。そのおかげで、他社製品の仕様にも精通することができた。その経験は、自分が仕様を作るときに大いに役に立った。もちろん、パクッたという意味ではない。自社製品と比較をして、自社製品が劣っている部分を、他社の一歩先に行く仕様へと改善したのである。逆に、競合他社に私が考えた仕様をまねられたことも数回あった。

 仕様の策定者は、また、実装を確認するためのもっとも適したテスターでもある。何しろ、どのように動作するかを一番よく知っている人間なのだから。元テスターが一番仕様を理解している立場から、実装の確認をするのである。私が担当した部分の実装漏れはほとんどなかった。それに対して、テスター未経験者の担当部分には、実装後の確認漏れが多かった。

 私のいた会社では、ユーザー サポートとの連携をとるのも、テスターの仕事の一つであった。そのため、ユーザーからの質問の傾向や機能の実際の使われ方などの情報とも接する機会が多かった。そんなこともあり、ちょっとがんばれば、サポート業務もできそうな感じがした。

 思いついたことを急いで書いているため、読みにくい文章になってしまい、申し訳ない。言いたかったことは、

「確かに “テスター” という肩書きでは、他業種の採用担当者の目に留まりにくいかもしれない。“SE” と言ったほうが面接してくれる可能性はおそらく大きいだろう。しかし、面接官もバカではない。自分の獲得してきたスキルをきちんと示すことができれば、採用されるに違いないと信じている」

ということである。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 お詫びを一つ。

 私のコメントに、

「外部の会社からの“参考意見”とされなければ、なおいいですね。」

という部分がある。人によっては、いやみで不快なコメントと思われたかもしれない。確かに皮肉をこめて書いた言葉であった。特定の誰かというわけではなく、単に私の苦い経験が言わせたものであった。

 過去の記事でも何回か書いているように、前の会社で私はユーザビリティ チームを活用した。その際に、ユーザビリティ チームのメンバーともずいぶん仲がよくなった。そのときの苦い経験である。

 私は、ユーザビリティ チームより提案のあった改善案を、可能な限り仕様に盛り込む努力をした。それが、理にかなっていると考えたからである。ところが、ユーザビリティ チームにユーザビリティ テストを依頼した他のチームや社員の中には、テスト後のユーザビリティ チームからの提案をほとんど無視するチームや社員がいたのである。自分達に都合のよい提案だけをつまみ食いして、事実に基づいたその他の多くの正当な提案をまったく無視するのである。確かに、ユーザビリティ チームには、提案を強制する権限はない。しかし、依頼を受けて、多くの時間と労力を使って得た改善提案を、「めんどくさい」とか「手間がかかりそう」といった理由で無視されたのでは、ユーザビリティ テストをした人たちにとってはたまらない。

 そんなことを多く見てきたせいか、外部へのコンサルティングする人たちを、どうしても否定的に見てしまうのである。

 とはいうものの、いやな言い回しをしてしまったと、反省している。まったくもって申し訳ない。

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2007/01/19

Vista 発売に思う

Windows Vista がまもなく発売される。それにあわせるかのように、PC環境移行ツールのバージョンアップもアナウンスされている。Windows XP にも標準でファイルと設定の転送ツールがついているので、おそらく Vista にもついているだろう。設定とデータファイルだけでなく、アプリケーションの転送を行ってくれるツールもでている。

 これだけツールが入っていたり、発売されているということは、それだけ面倒な作業ということの証拠でもある。同じパソコンにアップグレードでインストールするだけでもトラブルに見舞われる、という話をよく聞く。ましてや別なパソコンを、今まで使っていたパソコンと同じ状態にするのは、ヘビーユーザーを含めてほとんどの人にはきわめて困難な作業となる。

 最近カミさんのパソコンの調子が悪い。よくフリーズする。以前にはブルースクリーンを出して OS がクラッシュしたことがあった。そのときの原因は、メモリーカードが一枚だめになっていたことであった。今回も、メモリーかハードディスクがそろそろ危なくなっているのだろう、と想像している。

 カミさんのパソコンは、1998年に私が使うために購入したものである。途中で、CPU やハードディスクを入れ替えている。とはいうものの、購入してから九年目。さすがに最近は妻から 「遅い、遅い」 と不満の声が上がり始めている。

 そこで、Vista が発売されてから新しいパソコンを買うことを考え始めた。設定とインストールされているソフトウェアの移行が気になりだしたのは、そういう訳である。パソコンにそれなりに精通しているはずである私でも、パソコン環境の移行は、考えただけで頭の痛くなる作業である。

 以前、ソフトウェア開発に携わっていた身からすると、下手に環境を移行するよりは、新たにクリーンな状態から環境を構築していくほうが絶対によい。下手に別なパソコンから設定や環境ファイルをもってくると、パソコンのパフォーマンスが低下することがよくあるからだ。

 システムに最初から組み込まれているアプリケーションおよびツール以外は、マイクロソフトのソフトウェアも含めて、とにかく “行儀が悪い”。インストールするだけで、パソコンのパフォーマンスが低下したり、システムが不安定になるアプリケーションやツールをこれまで数多く見てきた。その上、アンインストールしてもパフォーマンスは元に戻らない。インストールされた “行儀の悪い” アプリケーションやツールが、さまざまな “ゴミ” をシステム内に残していくためである。マイクロソフトのアプリケーションが、せいぜい “食べ終わった後にパンくずをテーブルに残している” 程度の行儀の悪さだとすれば、中には “お皿の料理をすべてテーブルの上にこぼしている” ほど行儀の悪いアプリケーションを見たこともある。逆に行儀が “良すぎ” て、アンインストール時に、まだ食事をしている他人の皿まで処分してしまうアプリケーションを見たこともある(笑)。

 新しいパソコンは、古いパソコンを見ながら、一つ一つ手で設定しなおす。アプリケーションは新たにインストールしなおす。これが私の経験上、パソコンのパフォーマンスを維持するためには、一番お勧めの方法である。そのためには、大量の設定や、長時間のインストール、それ以上に時間のかかるオンライン アップデートなど、地獄のような作業を覚悟しなくてはならないのだが。

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2007/01/18

【今日の景品】 ガムガチャ!

Photo  この “ガムガチャ!” は、プライズマシーン、いわゆる “UFOキャッチャー” の景品である。

 まだ小さい頃、雑貨屋や駄菓子屋の前においてある “ガチャガチャ” を一度思いっきり、飽きるまでやってみたいと思っていた。それが、35年の時を隔ててようやく実現したわけである。(ちょっと大げさ)  ただし、出てくるのは景品ではなく、小っちゃいガムだけだが・・・。

 とはいえ、これをとってきたのは子供のためであり、自分で遊ぶつもりはあまりなかった。実際、カバンの中のこれを見つけた子供は、目をキラキラさせて、「開けていい?開けていい?」 としつこく聞いてきた。遊ぶことを許可すると、さっそく自分の貯金箱から一円玉(笑)を取り出して、ガチャガチャ遊び始めた。

 とってきた日とその翌日ぐらいまでは、必死に遊んでいたが、三日目ともなればさすがに飽きたのか、今ではすっかりサイドボード上のインテリアと化してる。

 その後、お正月の恒例行事で、カミさんの実家にカミさんの兄弟とその家族が全員集まった。そのときに、この “ガムガチャ!” をもっていった。義理の弟の子供、私から見れば甥っ子の二歳児に遊ばせるためである。

 私の子供が、その二歳児にこのガムガチャ!をみせると、それはもう、猿のようになん十回とレバーをクルクル回し始めた。自分ではお金をスロットに入れられないので、付き合っている私のほうがうんざりである。しかし、二歳児はやめる様子がぜんぜんなかった。(;´Д⊂)

 結局、三十分ぐらい遊び続けて、食事の時間になり、ようやく開放された。ま~、あらかじめ予想していたが、それ以上の食いつきであった。(汗)

 後になって、よくよく考えたら、弟夫婦にとっては迷惑な話だったかもしれない。それまでは、ガチャガチャなどというものは知らなかったわけだし、道端で見つけても何をするものか気にしなかったはずである。それが、今回、とっても楽しいものだと気づかせてしまった。おそらく、今後、道端でガチャガチャを見つけるたびに、「やらせろ、やらせろ」 とせがむようになるのではないかと心配している。し~らないっと (汗)

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2007/01/17

頭の中のデジタル時計

 今日は、私のハズカシイ話を一つ。(^^;)

 子供が学校から帰ってくるなり私に 「ちゃんと宿題をチェックしてよー。答えが間違っていて、恥をかいたじゃない!」 と文句を言ってきた。間違っていたのは以下の問題である。

  • 時計の短い針は一日に( )回まわり、一回りは( )時間。

 子供が書いた答えは、

  • 時計の短い針は一日に(1)回まわり、一回りは(24)時間。

だった。私は、その答えに何の疑問も持たずにスルーしてしまったわけである。

 後日子供に言われて、ようやく時計の短い針は、“1日に2周”、“1周は12時間” であることに気がついたわけである。(汗)

 そこで、なぜそのような勘違いをしたのか考えてみた。

 思いつくのは、自分がほとんどデジタル時計を使っていて、かつ、表示をほとんど “24時” 表示にしていることである。居間に掛けてあるのはアナログ時計である。しかし、パソコン、ケータイ、目覚まし時計、そして朝のテレビ、すべてデジタル時計である。

 頭の中で時間を考えるときも 24時表示 で考える。よって、普段は “午前”、“午後” という言葉はほとんど私の頭にはない。このブログの公開日時の指定は、12時表示である。そのため、時間、分に加えて “午前、午後” を指定しなくてはいけないため、私にはあまり使いやすくない。なぜ、午後11時59分の次が、午前12時なのか? なぜ、午前12時の次が、午前1時なのか? 私にはそれがいまだになじめない。

 いずれにしろ、私の頭の中の時計は、すでにデジタル時計になっているらしい。デジタル時計には長い針も短い針もない。しかし、無理やりにアナログ時計に置き換えると、デジタル時計の “時” は 0~23 の表示なので、文字盤の数字も 1~24 になるのだろう。だとすれば、“私の頭の中” では、

  • 時計の短い針は一日に(1)回まわり、一回りは(24)時間。

は大正解となるわけである。 (´・ω・`) トホホホホ・・・

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2007/01/16

できるようになる人、できなくなっていく人 (老人介護に思う)

 姉が今、知的発達障害を持つ人たちが通う施設で働いている。そんな姉から聞いた話である。

 今の施設で働く前は、姉は訪問老人介護の仕事をしていた。何年か介護の勉強をして就いた仕事である。ところが、けっこう重労働らしく、とうとう腰を痛めてしまった。そんなときに、知り合いである今の施設の保健婦に誘われて、今の施設で働くようになったそうである。

 知的発達障害を持つ人たちは、見た目は大人あるいは中高年であっても、考え方や思考は子供のままだそうである。その施設で働き始めた頃は、四十代の人に 「塗り絵がしたい」 等と言われて、姉はけっこう戸惑ったりしたそうである。

 施設に通ってくる人たちは(内面が)子供である、ということは、日々成長しているということでもある。成長の速度はもちろん一般に比べればはるかにゆっくりしている。しかし、“昨日できなかったことが、今日はできるようになる”、“昨日言っても理解できなかったことが、今日は理解できるようになる”、そういった一つ一つに、姉は喜び、施設に人も喜んでいるそうである。そして、それがその施設で働いている人たちのモチベーションを高めることの一つになっているは間違いない。

 一方、以前にやっていた訪問老人介護は、まさにそれとは逆だったということだ。つまり、“昨日は自分で食事を口に運べたのに、今日は自分で食事を取ることができなくなった”、 “昨日は一人で起きられたのに、今日は自分ひとりでは起き上がれない”、ということが日常茶飯事だったそうである。そして、それは身近に接している者としてはとてもつらいことである、と言っていた。

 この話を聞いて、私は今後もっと顕著になっていく高齢化社会の新たな問題を、見たような気がした。

 つまり、今後介護を必要とする老人がどんどん増えていく。それにともない、増えた老人を介護するための仕事に従事する人も増えていく。ところが、毎日身近に接している人がどんどん衰えていくのを見続けるのである。それにうまく適応していける人もいるだろう。しかし当然、それに対して適応できない、私の姉のような、人も多くでてくることが予想されるわけである。そうすると、老人介護に携わる人は、政府や社会が考えているようには増えないかもしれない。私も今後どんどん年老いて、やがては介護を必要とするようになるかもしれない。しかし、そのときには介護をしてくれる人がとても不足していて、満足に介護を受けられないかもしれない。

 そう考えると、老人介護に従事する人へのメンタルケアは、意外と重要なことなのかもしれない、と思ったわけである。

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2007/01/15

鳥ハム スープで海鮮鍋

 スーパーに晩飯を買いに行ったら、海鮮鍋パックが売られていた。あれこれ考えるのもめんどくさいので、「今日は鍋でいいやと」 買い物カゴに放り込んで、その日の晩飯が決まった。

 家に帰ってパックを開けてみると、鍋のダシは入っていなかった。まあ、海鮮物自体がダシになるので別段不思議ではない。

 ふと “鳥ハム スープ”(別名、黄金スープ)があったのを思い出した。前日に鳥ハムを作ったのである。鳥ハム スープとは、鳥ハムを作るときにムネ肉を煮たお湯のことである。普段は野菜スープ等にして消費しているが、今日は鍋のだし汁に、この鳥ハム スープを使うことにした。

 鳥ハム スープは、塩漬けしたムネ肉の塩分がたっぷり溶けているため、けっこうしょっぱい。また、煮立ってくると鳥肉の独特なにおいもする。鳥肉についている脂肪分が、その独特なにおいの原因の大きな一つだったりする。もともとムネ肉についている脂肪はすくない。ムネ肉に残っている脂肪も、塩漬け前にできる限りそぎ落とす。鳥ハム スープは、茹でたムネ肉といっしょに冷蔵庫で冷やす。よって、鳥ハム スープに溶け出した脂肪分は、固まりになって浮いてくる。スープとして使う場合は、もちろん浮いた脂肪分は取り除く。それでも、スープを温めていくと独特のにおいが残っている。

 食べる前は、しょっぱすぎないかと心配していた。しかし、鍋に大量の葉物野菜をいれたおかげか、ちょうどいい塩加減になっていた。鍋の具が茹で上がれば、タレなどつけなくとも十分においしく食べられた。食べているときは鳥くささも気にならなかった。最後はうどんを入れて、鳥と海鮮もののダシがきいたダシ汁ごといただいた。

 鍋に鳥ハム スープ。なかなかナイスな使い方であった。

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2007/01/13

私のICMを使った印刷は特別?

 Windows の色管理(ICM)を使った印刷方法が、インターネット上でもいくつか紹介されている。キヤノンの公式サイトにも、PhotoShop を使った ICM 印刷方法が紹介されている。

 それらのサイトで共通しているのは、「アプリケーションで ICM(あるいは、色の管理)を使う場合は、プリンタードライバーの色調整機能は、“しない” を選択する」 と紹介されていることである。

 ところが、私が自分の環境で試している限りは、“色調整-しない” で印刷をすると、モニター上とぜんぜん違う色と明るさで印刷されてしまう。

 今のところ、私の環境でモニター上の色と印刷後の色を一番近づける方法は、PSPの“色の管理-色の校正”を使い、プリンタードライバーの“ICM を使用”オプションをオンにして、印刷することである。

 何がどう作用してそうなるのか、私には今のところ、わからない。ただ、いろいろ試した結果、そういう使い方に行き着いたのである。えてして、世間一般で言われているとおりには、行かないものである。(笑)

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2007/01/12

Paint Shop Proと選択範囲と印刷 と

 昨年購入した キヤノン PIXUS iP7500 での印刷は、まだ完全には安定していない。ICMを使った印刷や、液晶モニターを5000Kに設定することで、ずいぶんと自分が期待している色や明るさに近い印刷ができるようにはなってきた。それでも、何かの拍子に、「あれっ?」 と思う印刷結果になることがある。今回の話も、そんな話の一つである。

 ある時、同じ画像を何回かに分けて印刷していたところ、同じ画像を同じ条件で印刷しているはずなのに、色や明るさが違って印刷される場合があることに気がついた。自分では、まったく同じ条件で印刷していると思っていたので、最初は、「もしかしたら、一度印刷をしないと、正しい条件がプリンターに伝わらないのか?」 と考えたりもした。しかし、テストで繰り返し印刷をしても、同じ結果で印刷されるため、しばらく謎であった。

 最近になって、その原因がわかった。画像上の選択範囲の有無 と 選択範囲内の色 で印刷結果が変わってきていたのだった。

 これはあくまで、私が使っている “Paint Shop Pro 7.04J” (以下、PSP と略す)での現象である。他の画像編集ソフトには、当てはまらないと思われる。また、同じように Paint Shop Pro 7.04J を使っていても、プリンターなどの条件が変われば、当然、現象が異なると思われる。

 以前の ICM の回で述べたように、現在私は、“モニターのプロファイル + プリンターのプロファイル + 印刷用紙のプロファイル” を指定するモードで、PSP を使っている。モニター上の画像の色とプリンターで印刷した色との類似度が一番高いためである。

 ところで、私は写真を印刷するときに、かならず撮影した日付を写真内に書き込むことにしている。日付の文字は、下地の色に溶け込まれないように “白” にしている。そして、日付を入れるのは写真の修整の最後であり、印刷の直前となる。つまり、印刷するときには、“白”で書き込まれた日付だけが選択された状態になっていたわけである。

 同じ画像を何度か印刷するとき、何らかの拍子で画像をクリックするときがある。すると、日付の選択範囲が外れる。そして、選択範囲が画像上になくなると、印刷結果の色と明るさが変わってくるのであった。

 そのことにようやく気がつき、さっそく自作のカラーチャートでテストをしてみた。

 すると、たしかに 選択範囲の有無、そして 選択範囲の色 で印刷結果が変わったのである。一方、エプソンのプリンターを使っていたときに常用していた、“モニターのプロファイル + プリンターのプロファイル” モードでは、選択範囲が印刷結果に影響を及ぼすことはなかった。

 この現象が、PSP7J の不具合なのか、あるいは、なにかしらの目的を持った仕様なのかは、私にはわからない。ヘルプを見ても、一切情報が載っていないからである。

 いずれにしろ、私が安定して画像を印刷するためには、印刷するまでの手順が一つ増えたということである。“印刷する前には、すべての選択範囲を解除する” という手順が。

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2007/01/11

ゲシュタルトの祈り

 新聞を読んでいたら、あるコラムにドイツの精神医学者 “フレデリック・パールズ” の詩の一節が引用されていた。その内容が、私が大学生時代に、失敗から学んだ考え方と同じだと感じて感動した。そして、大学生以前に私がこの詩に出会っていたら、もしかしたら大切な友人と今でも仲良くいられたかもしれないと、ふと考えた。もっとも、大学生以前に私がこの詩を読んでも、結局何も感じることができずに、友人を失ってからこの詩を思い出すことになっていたような気がする。

 さっそくインターネット上で検索してみると、フレデリック・パールズが著名な学者であったことがわかった。私が見た詩の全文は、簡単な説明とともに、こちらのページで紹介されている。

 “すべてをあるがままに受け止めるゲシュタルトの精神” という解説部分の一言は、まさに私が常日頃実践しようと努力していることである。実践しようと努力している、ということは逆に言えば、なかなか実践できていないということなのだが。

 私にはどうしても “守りたいもの”、“欲しいもの”、“やりたいこと”、“信じているもの”、等などがあり、なかなかあるがままにすべてを受け止めることができない。ついつい、自分に都合のよいものだけを受け止める、自分の都合のよいように受け止める、あるいは、自分に都合の悪いものは受け止めない、といった行動を取ってしまう。

 それで問題がなければそれでもよい。しかし、あるがままに受け止めない行動によって、結局は何かを失ったり、他者と争いを起こしたり、あるいは、思い悩んで苦しんだり、してしまう。

 だから “ありのままにすべてを受け止める” ことが私にとっては重要なのである。それが自然にできるようになれば、私の生活そして人生は今よりもより豊かなものになっていくと信じている。

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2007/01/10

クワトロ・クロワッサン (クロワッサンクラスト)

Quattrocroissant  お正月二日目に早くもお正月料理に飽きて、宅配でピザをとることにした。ポストにドミノ・ピザのチラシが入っていたことも影響していた。

ドミノ・ピザ【PC向けサイト】

 チラシを見ると、どうやら今のイチオシは “クワトロ・クロワッサン” らしい。トッピングを見ると、エビ、カニ、サーモン、生ハム、と家族の皆が満足できるものがそろっている。注文は速攻で クワトロ・クロワッサン で決まった。生地は、ピザカッターが付いているという理由で “クロワッサンクラスト” を選択した(汗)。もともと、さくさくの“イタリアンクラスト”をいつも注文していたので、クロワッサンクラストには、特に抵抗はなかった。

 注文は、いつものように Web ページ上から行った。オンラインで注文をすると5%引きになりお徳だからだ。(^ー^)  早めに注文をしたので、配達時間を指定しての注文となった。

 配達指定時間を5分ほど遅れて、注文したピザが到着した。私は別に気にしなかったが、お腹をすかしていたカミさんと子供はちょっと“ご立腹”であった(汗)。

 到着するやいなや、すぐに食べ始める。ピザは切られていない。おまけで付いてきたピザカッターで自分で好きな大きさに切る作業がある。おっと、その前に“あとのせサクサク”ではないが、“あとのせ”用についていた生ハムをのせなければ。生ハムをのせた。子供といっしょに丸い刃のピザカッターでピザを切っていく。意外と難しい。ピザの形が正方形だったので、私は縦横に16等分に切っていくつもりであったが、子供は縦横斜めと8等分にしてしまった(笑)。丸いピザのときの切り方である。

 家族それぞれが自分の好きなトッピングから食べていく。カミさんと子供はカニから。私は生ハムから。

 初めての経験となるクロワッサンクロストは、これがけっこういける。イタリアンクラストよりふわっとして食べ応えがある。でも、レギュラークラストほど重たくない。まさにクロワッサンの食べ心地である。今回の収穫はこのクロワッサンクラストといえるだろう。

 「誰でも絶対に気に入る」というほどの自信はないが、「一度試してみる価値がある」とは言えるかな、と思っている。一度お試しあれ。

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2008年5月27日追記

 現在はクロワッサンクラストは、用意されていない。

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2007/01/09

【お笑いネタ】 言葉にできない

 お気に入りのネタ。何度見ても笑える。

今日はこれだけ。

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2007/01/06

【思い出のアニメ】 宇宙戦艦ヤマト

 記憶にある中で最初にハマったアニメが、この “宇宙戦艦ヤマト” である。今度、大型プラモデルが発売されるそうである。高額プラモデル系の商品は、“機動戦士ガンダム” 関係でずいぶんと売れているらしいから、そのへんに インスパイア された結果なのだろうと想像している。同じバンダイからの発売であるし。

 子供の頃はずいぶんと ヤマト にお金を使ったものである。主に、レコード と 映画であったが。映画公開の初日に始発電車で映画館に行って並んだりもした。(さすがに徹夜で並ぶことはなかった。) サウンドトラックレコードもほぼすべて買っていた。“交響組曲ヤマト” はよくできていたと思った。(レコードは今でも実家の本棚にひっそりとしまわれていたりする。) 後年には、テレビ放送をすべてビデオテープに録画したりもしていた。

 さすがに今は、上記のプラモデルを買うほどの熱気は持ち合わせていない。それでも、「このプラモデルはけっこう売れるんだろうな~」 とは予想している。それほどに最盛期の頃の “ヤマト ブーム” は熱かった。

 ヤマト 以前にも、“ガッチャマン” や “マジンガーZ” といったSF物、戦争物はあった。それらの作品に比べて、ヤマトはより高い年齢層をターゲットにしていたと思う。生身の人間が何十メートルもジャンプしたり、絶対に長距離飛行や方向制御のできそうもない握りこぶしが自由自在に空を飛ぶ、といった一目で “無理がある” ことがわかるそれまでのSFアニメから、ヤマト は確実に進化していることを、当時、小学生高学年であった私は感じ取っていたのだと思う。“波動エネルギー” や無理のない人間の身体能力、といったものに魅力を感じていたんだと思う。

 もちろん、ヤマトのミサイル一発で敵戦艦は沈み、何発ミサイルを受けようとヤマトは沈まない、といった “ご都合主義” は、ヤマト にもあった。しかし、そんなことも気にならないくらいに、当時の ヤマト には確かに魅力があった。

 ヤマトもご多分にもれずに、その後シリーズ化されていく。私も常にリアルタイムで、ヤマト を追いかけていた。しかし、自分の年齢が上がって、いろいろなことがわかってくると、ヤマト という作品シリーズが行き詰っていくことが、私にもわかってきた。もっと資質の高いプロデューサーが ヤマト にかかわっていたらな~、と思ったりもしている。

 一部には、ヤマト を復活させる計画もあるようだ。しかし、プロデューサーの逮捕があったり制作会社が新シリーズで倒産したり、予定通りに公開されなかったりして、あまりうまくいってないようである。せっかくの優れたコンテンツであるだけに残念である。

 仮に復活劇がうまくいったとしても、私自身は昔のように熱中することはないと思う。“宇宙戦艦ヤマト” は、すでに私の中では “古き良き思い出” として懐かしむ存在になっているからである。

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2007/01/05

ゼルダの伝説 風のタクト

 “ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス” を終えたときに、「“ゼルダの伝説” とはしばらくお別れ」 と書いた。のだが、せっかくゲームキューブが遊べる状態にあるので、前作の “ゼルダの伝説 風のタクト” も終わらせることにした。そしてなんとか終わらせることができた。

 “トワイライトプリンセス” と “風のタクト”。それぞれの終了に対して、私のテンションがあまりに違うことに気がついたあなたは鋭い。終わったときのテンションがぜんぜん違うのである。“トワイライトプリンセス” を終わらせたときはまさに “スーパーハイテンション” 状態であった。それに対して “風のタクト” を終わらせたときは通常の状態であった。

 “風のタクト” と再開したときに、まず目についたのが、最後にセーブしたデータの日付である。‘2003年4月’になっていた。風のタクト の発売が 2002年12月13日 である。私は、発売当日に、ゲームキューブと同時に購入している。つまり、四ヶ月もかけて、しかも終わらせていなかったということになる。多くの場合は一週間から二週間で新作ゲームを終わらせている私が、である。

 さすがに3年半間をおくと、何がどうなっているかもすっかり忘れている。そこで、アチコチに残っている攻略サイトを見ながら再開することにした。探してみると、まだけっこうな数の ‘風のタクト 攻略サイト’ が残っている。

 再開してすぐに思い出した。移動がとにかくつらいのである。少し前までやっていたオンラインロールプレイングゲーム “ファイナルファンタジー XI”(FF XI)を、思わず思い出してしまった。FF XI をやったことのある人ならわかると思う。どこに移動するにも、とにかく時間がとられて辟易としてしまう。その感覚である。

 攻略サイトと見比べながら、自分がほとんど終盤まできていて、最後の重要アイテム “トライフォース” のかけらを探している途中であることまでわかった。そして、その ‘かけら’ 探しがひどくめんどくさいことで、自分がこのゲームを放棄したことを思い出した。隠されている謎そのものは、それほど難しいものではない。とにかく、アチコチに移動させられるのがひどく苦痛なのである。そして、どこへ行けばいいかの情報は地図に表示される。しかし、その表示も階層化されていて、どちらかといえばアクセスしにくいと感じた。

 攻略サイトを参考にしながら、トライフォースのかけら 集めの‘作業’を終わらせ、いよいよ最後のダンジョンに突入した。最後のダンジョンでは、最初の頃に戦ったボスキャラとの再戦がある。ひとクセもふたクセもあるボスキャラの攻略は、確かに “ゼルダの伝説” であった。

 最後のボスキャラ直前には、私が苦手な‘光の球の打ち合い’が、しかも数回も用意されていた。○| ̄|_

 最後のボスキャラとの戦闘は、一回では終わらず、数回繰り返すのはすでにお決まりである。その後、途中にエピローグをはさんで、最終戦闘開始。一度ゲームオーバーになりながら、なんとか最終戦闘も終わらせた。そして、エンディング・・・。

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 風のタクト に関しては、「おわってしまった・・・」 というよりも、「おわってくれた・・・」 という印象が強い。それほどに、作業させられていると感じる部分が多かった。そして、その感覚がエンディングの感動をひどく薄めているように感じた。

 今回、“風のタクト” を、最新作である “トワイライトプリンセス” の後に遊んだことで、“風のタクト” の遊びにくいところがよりはっきりと感じることができた。

 移動距離が苦痛に感じられるほど長く感じられる、というのはすでに何度も繰り返し述べている。

 カメラ視点が移動しないことも気になった。“トワイライト” では、自分キャラクターの向きが変わるとすぐにカメラ視点が自分キャラクターの背後に回りこむ。一方の “タクト” では、自分キャラクターが向きを変えてもカメラ視点が変わらない。これがどう影響するかといえば、自分キャラクターに特別なアクションをとらせにくくしているのである。たとえば、‘自分キャラクターの後方’にキーを入れてボタンを押すと ‘バック転’ させることができる。カメラ視点が自分キャラクターが同じ方向を向いていれば、レバーを手前に引いてボタンを押せばバック転ができる。しかし、自分キャラクターがカメラ視点とは別の方向を向いていると、上左右のどこが自分キャラクターの後方なのか、を考えなければいけない。ところが緊迫した場面では、バック転させようとしてついついレバーを手前に入れてしまい、横に飛んだり、敵に突っ込んだり、操作に失敗してしまう。

 “トワイライト” にも ‘光の球の打ち合い’があったものの、一戦闘のみで、タイミングもそれほどシビアではなかった。“タクト” では打ち合う戦闘が数回あり、しかもタイミングがシビアであった。比較すると、“トワイライト”はずいぶん調整されたな、という印象が強い。

 細かいところでは、技を出すタイミングや、開けられるドアの前に立ったときに、画面の下に “A ボタン” と表示されるようになったのも、“トワイライト” での改善点であった。“タクト” では、技を出すタイミングは、持っている剣が光ることと音だけで、うっかりすると見逃してしまう表現の仕方であった。

 短期間で同じ系列の新旧作品を遊び比べてみると、新作がよく作りこまれて、改善されていることがあらためてわかった。さすが、一年スケジュールを延長して、Wii のキラーアプリケーションに昇格させただけのことはある(、とゲームキューブ ユーザーとして皮肉を言ってみたりする)。

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2007/01/04

年賀状

 皆さんは年賀状を出しているだろうか? 私は、年賀状だけは毎年出すようにしている。使うのは “年賀はがき”。足りなくなったときだけ ハガキサイズの写真用紙 を使っている。

 特にポリシーがあって年賀状を毎年続けているわけではない。ただ、せめて一年に一回ぐらいは何らかの連絡を取っていたい、と考えているだけである。年賀状をやり取りしている人の中には、私が幼稚園児だったときの先生や小学校一年生の時の担任の先生も含まれている。かれこれ35年以上年賀状を出し続けていることになる。

 私から年賀状を打ち切ることはなく、年賀状を出さなくなるきっかけは、相手から年賀状が来なくなるか、相手が転居して年賀状が届かなくなったときである。35年以上続いているということは、相手も律儀に35年以上年賀状を毎年送ってくれているということである。

 ここ15年は自分から相手を増やすことはなくなった。最近、年賀状を出す相手が増えるのは、相手から送ってきたときである。そして、前年にもらった相手には、翌年にはかならず出すようにしている。そうやって年賀状を出す相手が増えたり減ったりして、今年出した年賀状の枚数は30枚であった。

 毎年何人かからは、電子メールで年賀状をもらう。電子メールの本文で挨拶をする人もいれば、年賀状サイトのURLが記述されているタイプもある。もらった相手には私も電子メールで返信している。しかし、翌年に電子メールでの年賀状をこちらから出すことがない。日常的な道具である電子メールでは、年賀状をどうも出す気にならない。逆に言えば、はがきを出すということがそれだけ特別なことになったということか。

 パソコンを買う前の大学生までは、一枚一枚手でしこしこ書いていた。当時から30枚前後であり、一週間とか十日とかそれなりに時間がかかっていた。

 それが、パソコンを所有するようになって、ずいぶんと楽になった。最初の年でこそ、住所をすべて登録するのに時間がかかった。それでも二~三日だった。翌年からは年賀状を作るのに一日あれば十分となった。最初は、ドットインパクトプリンターでモノクロ印刷。次は、モノクロインクジェットプリンターでの印刷。子供が生まれてからは、カラーインクジェットプリンターで写真付印刷。カラーインクジェットプリンターになってからは、写真屋に依頼しなくても、けっこう高画質な写真付年賀状ができてしまう。しかも、今のプリンターなら余白なしで印刷ができる。インク代を考えても、ま~、安くて高画質な年賀状が作れていると思っている。

 私の子供も今年から、自分の年賀状は自分で作ることになった。去年までは、母親が作った年賀状に一言書くだけであった。今年は、小さく写真を印刷した後、お手製の芋版で真ん中に大きく版画を押していた。仕上げにはサインペンでカラフルに文字を書いていた。当分は、ほとんどが手書きの年賀状を作るのだろう。本格的にパソコンを使って、子供が自分の年賀状を作るようになるのは何歳ぐらいなのかと考えたりする。今でも日常的にパソコンを使っているので、小学生高学年ぐらいからパソコンですべて年賀状を作るようになるかもしれない。もしかしたら、電子メールで年賀状を済ませるようになるのか。あるいは、「年賀状なんかダサい」 といって年賀状作りをやめてしまうのか。私には意外と興味がある。

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