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2007/02/09

長期にわたる報酬が約束されなければ質の高い作品は作れないのか?

いつ奈落に落ちるか──著作権“バッシング”に松本零士の思い
(ITmedia News, 2007年2月1日)
「著作権で保護されることが、家族や子孫がある自分自身の精神的な安らぎにもなり、創作意欲にもつながる。」(松本零士)

著作権保護期間は延長すべきか 賛否めぐり議論白熱
(ITmedia News, 2006年12月12日)
「ヨーロッパで死後70年保護されると聞くと『同じような物を作っているのになぜ日本だけ50年なんだ』と思う。『日本も70年にして下さい』と訴えても『お前の作品はもうかっていないから50年でいいんだ』と言われると、わたしも意欲をなくす」(三田誠広)

 私が納得できない部分である。

 松本零士氏や三田誠広氏が、自らの死後も長期にわたって自分の家族や子孫に経済的な恩恵があることが、自らの創作意欲につながっていることはわかった。しかし、著作者すべてが、著作権保護の20年延長で創作意欲が高まるとは、私には思えない。

 歴史的に見て、著作の著作権による保護は16世紀以降のことである。では、16世紀以前には優れた著作はなかったかといえば、決してそんなことはない。16世紀以前の古典と呼ばれる優れた文学や芸術は数多く現存している。Wikipedia によれば、音楽の著作権による保護は、19世紀以降とある。モーツァルトも盛んに盗作を行っていたとのことである。

 モーツァルトの作曲は、ほとんどが受注を受けての制作だったらしい。ベートーベンにいたっては、パトロンさえもいなかったそうである。著作権で自らの作曲が保護されず、金銭的な援助をしてくれるパトロンさえもいなかった。にもかかわらず、あれだけ多くの後世に残る名曲を作曲している。

 もちろん、技術的な状況は今とまったく違う。当時は録音装置などなかったし、インターネットのように簡単に演奏を配信する技術もなかった。単純に現在と比較をするのも、きわめて乱暴であることも承知しているつもりだ。しかし現在においても、著作権による収入や自分の死後50年間の保護など考えずに、自らの主張がしたいという理由だけで、創作活動を行っている人たちも大勢いるはずである。そういう人たちに対しては、後者の ITmedia News で福井建策氏がいっているように、

「文化庁に配分される芸術文化振興のための予算は、道路整備に使われている予算の0.5%以下。文化の振興を言うならば、保護期間の延長よりももっと声をあげるべきことがあるはず」(福井建策)

“生前の保護や支援こそ考えるべき、という意見” に私は賛成である。

 繰り返しになるが、著作権保護の延長によって創作意欲が高まる人たちも確かにいるだろう。しかし、保護を延長さえすれば、より多くの質の高い作品が作られるとは、どうしても思えない。20年の延長は、すでに高い評価が固まっている人が、さらなる利益の確定に向けて主張しているようにしか、私にはどうしても思えないのである。

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