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2007/02/28

“演出” との説明に納得できるか?

asahi.com
物議醸す「演出」相次ぐTV局 “弁明”に納得できる?
2007年02月23日

 以前私が書いた記事と同じような感想を、プロの記者が書いている。少しほっとした気分になった。同じように疑問に感じていた人間が自分以外にもいたことが確認できたからだ。

 私は自分の直感や肌感覚を大事にしている。とはいえ、それが自分だけの独りよがりになってしまっていないかという危機感もある。それは大多数の意見に自分を合わせるということではない。自分の意見や感覚が、一定以上の人たちから共感されるか、という危機感である。いくら自分で良い、正しい意見や考えだと思っても、それが多くの人に支持されなければ、結局は “良い” 意見や “正しい” 考えになりえないと思っているからだ。

 私が自分が正しいと思う考えを表明するのは、それがより多くの人たちを幸せに、あるいは安心させたいと思っているからだ。それは、より多くの人が幸せになり、安心して暮らしていける社会ならば、自分も幸せに安全に暮らしていける、との思いからだ。

 自分が幸せなら、他人のことなどかまっていられない。そういう考えもあるだろう。そういう考えを完全に否定するほど、私には自分に自信があるわけではない。しかし、他人の不幸を省みずに自分の満足を追求すれば、そこにはいずれ不毛な争いが起こると私は思っている。そんな不毛な争いは結局は、自分の満足だけを追及した人さえも不幸にする。だから、私は他人の不幸を省みずに自分の幸せや満足感を追及する人を非難する。

 今度のテレビ局の一連の “ねつ造” 事件も、視聴率を上げる(それはひいては番組制作者の経済的利益をもたらす)という、番組制作者だけの幸せの追求だと、私は思っている。そのねつ造情報で無駄な努力をした不幸な人たちを大勢作った、ということが私には許せない。

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