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2007/02/15

成長している実感の大切さ

辞めた人を想うより、いま辞めようとしている人へ
(ITmedia News, 2007年2月1日)

 この記事の主題は 「成長している実感があるか」 だ。私も会社勤めをしているときには、よく悩んだ問題である。

 日々の業務、それも定型業務に追われていると、慣れや惰性で仕事をしてしまい、“成長している” 実感がなくなってくる。「成長したい」 という気持ちすら失うときもある。それではいけないと思い、仕事の合間を見つけては、学会の発表を聞きにいったりして、新しい知識や分野を見つけにいったりもした。一日中が学び=成長の時間であった大学生時代からずいぶんと経つと、学会での発表がみょうに新鮮だったりする。

 努力はするものの、歳を重ねて若手の面倒を見る時間も必要になってくると、いっそう最先端の技術、知識、情報に追いつけなくなっていく。感覚としては、ずっと放電している感じである。まだ学生だったころや若手だったころに、いっぱいいっぱい充電したことを、中堅と呼ばれるようになってから、放電のしっぱなしであった。

 充電している感じと言うのが、ここで言う “成長している実感” なのではないかと思う。そして、充電した分=成長した分 を使って、新たな分野への仕事に向かう気持ちになるのだと思う。新たな分野に進出できれば、新たな発見があり、新たな感動があり、それがさらなる充電=成長となる、という良い循環ができるのではないか。

 私は会社という組織を離れて、ここしばらくは家庭という場で仕事をしている。そして、やってみるまでは気がつかなかったのだが、家庭での仕事=家事には、自分を成長を実感できることがいっぱいあったのである。まぁ、それまでの人生が、身の回りの家事をほとんど親任せ、妻任せで来たことの証明でもあるわけだが。(^^;)

 買い物で物の相場が身について、家計費が減って行くこと。買ってきた魚を三枚におろすことが上手にできるようになったこと。それまで買って食べていたポテトチップスが、自分で簡単に作れることがわかったこと。

 すべてが自分の成長を実感させてくれた。だから、家事は私にとってはつらいものではなく、楽しいものとなっている。少なくとも今のところは。

 今後、子供が成長して親の手を離れたときには、あらためて今まで自分がやっととのない仕事を始めようかと思っている。そしてそのときは、新たな成長が実感できることを楽しみにしている。

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