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2007/04/06

説明責任と、以心伝心と

「何もかも教えないと動けない君たちとは仕事は出来ない。」

伝えた情報と、得られた結果のギャップ

ITmedia オルタナティブ・ブログ
THE SHOW MUST GO ON
岩永慎一 [2007年4月2日]

 こんな言葉を平気で言える担当者のいる会社と仕事をしなければいけない下請けやコンサルタントの人たちは、ホント、大変だと思った。私の経験では、似たようなことを平気で言う上司もいたから、何も社外の付き合いに限った話ではないのだが。(苦笑)

 私が日本で仕事をしていてよく感じたことは、「なんでこんなことまでいちいち言わないといけないの?」 と思って仕事の指示をしている人が、大半を占めることだ。1年半しかいなかったものの、アメリカで仕事をしていたときはむしろ、「そこまで細かく説明しなくても、わかっているって。」 と、私が思うほど細かく指示された。

 「ハリウッド映画が世界中で通用してきたのは、どんな文化や社会でも理解できる内容で、かつ理解できるように説明しながら作られているからだ。」 という解説を以前聞いたことがある。まぁ、その結果、わかりやすすぎるくらいのドンパチやら、どこから見ても悪役みたいなのがこれでもかとでまくる作品ばかりになって、最近では飽きられつつあるのだが。

 つまりアメリカ合衆国では、多様な人種、多様な文化、多様な言語を多く抱えるため、国内市場で成功するためには、それらの多様さの最大公約数的な作品を作らざるを得ない。しかし、結果としてそれが、世界市場にも通用する作品になっていったわけである。

 一方、日本映画は少し前まで、日本でしか通用しない常識やら習慣を前提にした作品しか作ってこなかったため、日本以外の人たちにはまったく理解できないモノとなってしまっていた。

 その、国内でしか通用しない感覚的なものが、ビジネスの世界ではいまだにはびこっているように思う。会社間の契約から、末端の上司から部下への命令まで。

 私の持論は、“同じことを三回説明する” だ。仮に私が100%自分の考えていることを正確に説明(実際には100%などということはありえないが)したとしても、聞いた相手がそれを80%理解するまでには、三回かかると考えている。また、相手が私の意図とは異なる行動をとったとしても、それは自分の説明が不十分であったと考えるようにしている。

 理解できなかった相手を非難する事は、簡単だ。しかし、相手に責任を転嫁して、自分を正当化しても、自分がして欲しいことができなければ、損をするのは自分だ。ちゃんと説明してもらっていなかったと思っている相手を責めても、相手との関係を悪くするだけで、自分にとってそれほど益があるとも思えない。

 最初に戻って、「何もかも教えないと動けない君たちとは仕事は出来ない。」 と言い切った担当者は、はたして仕事をうまく発注できるのだろうか? などと、ついつい考えてしまう。

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