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2007/05/15

「壊れた」のか、「壊した」のか

 あくまで私の個人的な定義だが、「壊れた」 と 「壊した」 には明らかな違いがあると思っている。

  • 壊れた … そのものの耐久限界を超えて使用した。製品の設計に問題があった。
  • 壊した … 製品に問題はなかったが、使い方に過失があった。(落とした、ぶつけた、等)

 ところが、カミさんの報告は常に 「壊れた」 である。「壊れた」経緯を聞いたり、「壊れた」瞬間を目撃すると、私の定義からは、カミさんが 「壊した」 としか思えない。手を滑らせて食器を割っても 「壊れた」。扇風機を狭い押入れに無理やり押し込んだ結果、首の部分が折れても 「壊れた」。私はそれに対していつも、「そりゃ 『壊れた』 たんじゃなくんて、『壊した』 んだろう」 と突っ込みを入れるのだが、カミさんが同意をすることはない。

 「壊れた」 のか 「壊した」 のか、どちらかの認識が正しくて、どちらかが間違っていると言いたいわけではない。ただ、物事に対する認識が違うだけなのだと。そして、どうしてそのような認識の違いが出るのかに興味があった。

 私の考えは、「物は設計者が想定した範囲で使うべきである。設計者の想定外の使い方はすべきではない。想定外の使い方をして破損した場合、責任は使用者にある。」 である。

 一方、カミさんを観察するに、カミさんの考えは、「私は私の使いたいように物を使う。私が思ったとおりに使えないときは、物に問題がある。私が使いたいように使って破損した場合は、物に問題があったからだ。」 のようだ。

 つまり、カミさんにとっては、「食器は落としても割れてはいけないもの」 だし、「押入れに押し込んだぐらいで壊れるのは、扇風機に問題があるからだ」 ということらしい。

 カミさんのタイプの考え方は、けっして特別ではなく、むしろ過半数の人の考えではないかと、私は思っている。悪く言えば、問題が発生したときに、原因が自分以外にあるとするタイプだ。このタイプは、失敗しても後ろ向きにならないので、物事を次々にこなしていける。さらに、設計者が想像もしなかった画期的な使い方を見つける、といった長所があると思っている。逆に、自分が感じたようにしか物を扱えないため、タイマー録画やパソコンなど、使うためのルールが厳しい製品を苦手とする。

 逆に、私のようなタイプは、どのような物や製品も、その目的や設計思想を理解しようとするため、的確に物を使いこなすことができる。しかし、ルールに従った使いかたしかできないため、それまで想像もしなかったような新しいものの使い方を発見するは苦手である。

 カミさんがよく無茶な使い方をして物を壊すので、なるべく感情的にならずに、その原因を理解しようとして、この記事を書いてみた。でも、やっぱりカミさんが無茶な使い方で物を壊すとむしょうに腹がたつ。
ヽ(`Д´)ノ
そんなんじゃ、ホントはいけないんだけどね。
○| ̄|_

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