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2008年2月の24件の記事

2008/02/29

Millennial世代

 毎週 “CBSドキュメント” を見ている。これは、米国で放送されている “60 Minutes” を日本人向けに放送しているものだ。

 今週の話題の中に “Millennials Are Coming” があった。米国では、昨年11月に放送されており、インターネットで見ることができる。

 内容はというと、当ブログ一番人気の “シュガー社員” の話であった。多少の違いはあるものの、

  • ほめられるのが当たり前
  • 怒られるとすぐに会社を辞める
  • 何かにつけて親が立ち入ってくる

など、とにかく共通点が多い。シュガー社員以前に書いた “ほめるだけでいいのか?” の内容もしっかりと入っていた。曰く 「自分が大好きで、ほめ言葉だけを要求する」 若者ばかりだとか。

 親離れできないエピソードでは、大学の教授に学生が話しかけて 「成績に納得がいかないから、親と電話と話をしてくれ」 といったそうだ。Millennial世代は、学費を払っているんだから、A評価をもらうのは当然だと思っているらしい。今の日本風に言えば “モンスター・ステューデンツ” というところか。

 仕事や出世よりも、友人や家族を何より優先するのも Millennial世代の特長だとか。その原因は、親の世代が会社に人生のすべてを注いだのに、あっさりと解雇されたことを目の前で見ているからとか。この辺は、バブル後世代の日本の若者とよく似ている。

 そして何よりこのレポートを見て一番強く思ったことは、

「予想通り、今世紀後半は米国は勢いを失うな」

ということだ。もっとも、その頃には私は生きていないだろうから、あまり関係ないことなのだが。

 このような若者達を抱えて米国が失速をするならば、似たような若者を抱える日本も当然失速するするだろう。

 考えようによっては、馬車馬のように働かず、必要最低限の贅沢で十分という生活は、地球環境を維持していかなければいけないこれからの時代には、案外適応しているのかもしれない。

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2008/02/28

体調不良のため今日は臨時休業

 昨日一昨日あたりから、どうも身体の調子が悪い。肩はこるし、頭はさえないし、鼻水が大量に出たかと思えば、鼻がつまったりする。

 どうやらこのところの強風で、アレルギーが出てきたようだ。花粉なのか砂埃なのか定かではないが、とにかく鼻がつまるのが一番困る。

 寝ている間も絶えずつまっているようだが、身体は鼻で息をしようとするため、首から肩にかけての筋肉に、寝ている間、ずっと力が入っているみたいだ。そのために朝起きると肩がこっているし、熟睡できないために頭がさえない、という状況のようだ。

 マスクをしたり、点鼻薬をつけたり、いろいろ自衛はしているのだが、完全に身体の調子が元に戻るわけではない。

 ということで、今日の記事は実質的に “臨時休業のお知らせ” となった。

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2008/02/27

即刻辞任せよ

 石破防衛大臣は、即刻辞任すべきだ。

 数日前の記事で、

今の段階で防衛大臣が辞任するかどうかわからない。おそらくこの件で辞任することはないだろう。

と書いた。そのときはそれで間違っていないと思っていたし、今でも間違っていたとは思っていない。というのも、

あくまで私の感覚でしかないが、この次期の辞任要求は、世論の支持を得られない

と思っていたからだ。実際、

内閣支持率「3割割れ」 いよいよ「土俵際」?
 J-CASTニュース [2008年2月26日]

で、

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が2月23・24日に行った調査では、(中略)、石破防衛相のイージス艦事件の責任については、59.5%が

「辞任せず、防衛省の体制見直しになどを続けるべきだ」

と答え、「続投支持」が大勢だ。

とある。私の感覚も間違っていなかったと、ちょっぴり安心している。

 ところがである、2月26日の記者会見の発言は最悪のものだった。

“八方塞がり”石破「隠蔽あれば責任取る」発言で窮地
「12分前に視認」を長時間放置

 ZAKZAK [2008年2月26日]

 記者会見の様子もテレビで見たが、石破防衛大臣はかなり感情を高ぶらせていた。以前に情報番組に出ていたときは、どんな質問に対しても極めて冷静だったことを考えると、かなり自分にとって都合の悪いことを指摘されたとしか思えない。触れられたくない本質を突かれると、たいていの人は感情を高ぶらせて反論するものだ。

 この石破防衛大臣の発言は、国民の利益をないがしろにして、防衛省の組織や官僚を “防衛” してるとしか見えない。こんな態度では、とうてい防衛省内の責任追及や更迭が出来るとは思えない。

 石破防衛大臣はしょせん “軍事ヲタク” でしかなかったということか。

 前回の記事で、私はこうも書いている。

問題の解決が遅々として進まなかったり、責任者への処分が十分にされなかった場合は、そのときには最高責任者である防衛大臣が責任を取るように辞任を要求すべきだ。

 今回の石破防衛大臣の発言で、省内や自衛隊内の責任追及や原因追及が行われないことは、ほぼ確定した。

 石破防衛大臣はまた、「原因の解明と責任の追及することで私の義務を果たす」 といった内容の発言をしている。この種の発言は、これまで結局辞任に追い込まれた大臣達が、辞任に追い込まれる直前に吐く発言だ。つまり、石破防衛大臣にも “辞任フラグが立った” といえる。

 石破防衛大臣は、即刻辞任すべきだ。

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2008/02/26

願い続ければ、夢はいつか叶う、でも、叶わなくても気にしない

「頑張れば夢かなうは幻想、傲慢」
山田太一発言ネットで大反響

 J-CASTニュース [2008年2月17日]

 私は、山田太一氏がごく当たり前のことを書いていると、思っている。記事に書いてある反対(?)意見も、内容そのものを非難しているというよりも、山田氏の意見を “自分自身に対する非難” のように捕らえて、感情的に反論しているように思える。

 正直なところを言えば、私は 「願い続ければ、夢はいつか叶う」 と思っている。自分自身がそういう思いをしてきたから。

 一生懸命願ったおかげで、なんとか希望する大学に入れた。大学で研究を続けることを願い、大学院に進学できた。就職の年はちょうどバブルのピークだった。そのため希望した会社にもなんの障害もなく入れた。

 そして何より、その後の転職で、高校時代から望んでいたコンピュータに携わる仕事に就くことができた。

 大学入試の成績が足りなかったため、コンピュータとは縁のない学部に入学した。それでも趣味としてずっとコンピュータをさわり続けていた。そして、大学での専攻から希望して就職した会社ではあったが、研究に行き詰まりを感じていた。

 それならばと、ダメもとで大手のコンピュータソフトウェア会社に履歴書を送った。コンピュータの専門的な教育を受けてこなかった私だったが、趣味で蓄積した知識と、大学院までに学んだ研究に関する基本的な姿勢が評価されて、ソフトウェア開発の仕事に就くことができた。

 こうした度重なる自分の経験から、私は 「願い続ければ、夢はいつか叶う」 と思うにいたった。

 とは言うものの 「願い続ければ、努力し続ければ、絶対に夢は叶う」 と、他人に言って回るようなことはしない。あくまでも 「願い続ければ、夢はいつか叶う」 は、自分のモチベーションを維持するため、精神的な安定を保つためのスローガンのようなものだ。

 だから山田氏の意見に素直に賛同できる。

 そもそも、「頑張ったから必ず成功できる」 ようであれば、世の中に 「成功できないから」 と悩み苦しむ人はいない。ところが現実には、努力しても報われないと感じて悩み苦しむ人が大勢存在する。一時期話題になった “ネットカフェ難民” や “ワーキングプア” は、努力しても報われない象徴でもある。

 だからこそ、「願い続ければ、夢はいつか叶う」 を信じながら、物事が思うように運ばなくても 「それが当たり前」 となるべく気にしないようにしている。

 そして子供には、すぐに買い与えることをせず、あえて我慢させる。欲しいからといっていつでも手に入るとは限らないことを、常日頃から体験させている。それがいつか子供の役に立つと信じているから。

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2008/02/25

腐女子の実態に迫る?

 いや~、なんともすごい分野があるものだ。

裸の男子の汗をふき、「ヘブン顔」を勝ち取れ
――バンダイナムコ「乙女ゲー」開発秘話

 ITmedia News [2008年2月22日]

 別に私はこれが特殊なものだとは思わない。私を含めた男が、“女性の胸に顔をうずめてみたい” と思ったり、“膝枕してもらいたい” と思ったりするのと同じようなものだと思うからだ。

 と同時に、私には理解できない世界でもある。社内男性陣の、

  • 「これ……面白いの?」
  • 「……もう、好きにやってみればいいじゃない」

という反応のほうが、やはり私には理解しやすい。coldsweats01

 もう一つ面白く読んだのが記事の下にリンクしてある座談会だ。

緊急座談会:
激白! 腐女子のホンネ

 ITmedia News [2007年12月7日]

 昔は今よりもずっと濃いヲタクだった自分を振り返りながら読んだ。

 声や声優が重要な要素であるというのは、私には遠い世界だ。男の側でも声や音楽にこだわる人は多い。だから、ゲームメーカーもゲーム内のボイスや音楽にはずいぶんと気を使っているようだ。しかしどういうわけか、私は昔から声や音楽が気になったことがない。

 逆に 「デッサンとか狂ってると萎えますよね。」 という意見にはかなり賛同できる。最近は、顔はすごくうまくかけているのに、全身は妙にバランスが悪いマンガをよく見るし、とても気になる。

 どんな彼氏がいいか、という質問に対して、

  • 自分を放っておいてくれる人
  • 自分の趣味を許してくれる

という話が出ている。うちのカミさんはものすごく英語が好きで、休日に英語教室に通っているぐらいだ。私はといえば、「英語なんてなければいいのに」 と思うぐらい英語が嫌いで、選択科目だった高校三年生の英語を取らなかったぐらいだ。それでも、カミさんが好きな英語に金や時間を使うことは気にならない。積極的に協力もしていないが、反対もしていないといったところか。ということは、私は 「包容力のある男」 ということになるのだろうか。bleah

 まぁ、私は単に、自分が好きでやっていることにあれこれ口出しされたくないので、他の人が好きでやっていることに口を出さないだけなのだが。

 座談会の最後で 「別のカップリングの人たちが集まると、(中略)、お互い気をつけて話すんです」 という部分がある。これは私も同じだ。同じガンダム好きが集まったとしても、こだわっている部分が違えば、やはりそれなりに気を使って話をする。

 だから、男性ヲタクについてのコメントも、やや行き過ぎた人たちに対するものだけだったの残念だった。彼女らがコメントした人たちは、腐女子サイドで言えば

  • 自分の描いたものを声優さんに送る人
  • 作家に送る人
  • 電車やバスの中で堂々と同人読んでる人

のグループに入る人たちだ。

 メディアでコメントを求められたときに、どうしても極端な人たちを代表者のようにあつかってコメントをしてしまう。せめて、メディア側の人間がそういう部分に注意を払ってほしかった。

 そういえば、ユーザビリティ テストをしていたときも、被験者が 「初心者には」 とか 「初心者にとって」 など、自分ではなくステレオタイプな初心者を引き合いに出してコメントしたときは、要注意だった。

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2008/02/23

CO2本位制度

 なるほど。この発想は私には思いつかなかった。

宿輪純一の「逆張り経済論」     
将来は基軸通貨となるCO2
 宿輪 純一
  NBonline [2008年2月22日]

 確かに、CO2ならば世界共通の価値(負の価値だが)になりえる。

 現在の為替相場などと異なり、特定の国家の思惑で意図的に為替相場を低く抑えたり、高く支えたりすることもできなくなるだろう。

 CO2による貨幣相場は、その国の工業力や財政基盤、景気状況がダイレクトに繁栄されるモノとなるだろう。

 問題は、すべての国家・地域がそのCO2本位制度に素直に従うか、ということになろうか。

 いまだ財政基盤も工業力も脆弱な国であれば、CO2排出枠に縛られることなく製造業の発展に力を入れてCO2を垂れ流ししたいのが本音ではなかろうか。

 そうなったときの解決方法はどうなるのか。

 やはり欧米が中心となり、軍事力でCO2本位制度に従わせることになるのだろうか。そうすると、地球環境維持のために世界が再び騒乱状態に堕ちる可能性もある。

 二十世紀前半に二度の大きな世界大戦を経て、半世紀以上にわたる比較的平和な時代が続いた。しかし、ここ十数年の動きを見ると二十世紀前半にも見られた、主要国の衰退と混乱が少しずつ強まっているように見える。

 となると、私としても起こって欲しくない “動乱の時代” が再びやってくるのではないかと、心配している。

 確かにたまりにたまった矛盾やあつれきは、どこかで清算しなくてはならないだろう。そして、過去の負の遺産を清算できてこそ、新しい時代の新秩序が生まれる。

 次の秩序は、特定の国の経済を中心にしたものではなく、地球環境保全を中心にしたモノになるかもしれないということを、このCO2本位制度は、改めて私に気づかせてくれた。

 ここまで言ってしまうと、さすがに 「妄想が過ぎる」 とたしなめられそうだ。しかし、「そうなればいいなぁ」 というのは私の素直な気持ちだ。地球環境を食いつぶしながらのあくなき富の追求は、そろそろ終止符が打たれるべきだと、私は本気で思っている。

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2008/02/22

自分に都合のいい期待はそろそろやめませんか

 まったくもって、そのとおりだと思った。

官僚に解雇と流動化を。公務員制度改革法案後退の暗澹
 山崎元(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)
  ダイヤモンド・オンライン [2008年2月20日]

 役人は失敗しても責任を問われない。内部的には昇進ができなかったりするのだろうが、それは公には出てこない。しかも、省庁内で昇格できなくとも、天下りで昇進と同等の恩恵にあずかれる。これでは役人が無責任になるのも当たり前だ。

 役人を能力評価で解雇できない仕組みを作ったのは、役人自身だ。「責任を強く問うと、大胆な政策が実行できなくなる」 など、おそらく役人に都合のよい理由からだろうが。

 そして私がもう一つ不満なのが、こういった役人の専横を日本国民の大多数が、たいして問題にしていないように見えることだ。役人に対して不満を抱きつつも、「触らぬ神にたたりなし」 といった感覚で、公にはなかなか抗議を示さない。もしかすると最近の北朝鮮のほうが、よっぽど国民が役人にたてついているかもしれないとさえ思う。

 不満をなかなか行動に移さない理由の一つとして、私が最近考えているのが、

「自分だけは、だまされない、損をしない。自分だけは、困ったときには国や市町村が助けてくれる。」

と思っている、思いたい人たちが多くいるのではないかということだ。

 それは、相変わらず “ネズミ講” に引っかかる人が多くいることから想像したことだ。

 「他人の勧誘すれば、出資金をはるかに上回るお金を手にすることが出来る」 という甘い言葉に乗って、多額の財産を奪われた人たちの話が、これまでに何度となく報道されてきているにもかかわらず、いざそういう話を聞くと 「そんなおいしい話が聞けた私はラッキーである」 と自分に都合のよい解釈や想像を膨らませて、結局は大金を騙し取られる。

 国 = 与党政治家や官僚も同じだ。「最後はちゃんと面倒を見てくれるはず」 と期待するのは勝手だし、それで不利益をかぶるのは自分自身だ。お上の言うことを素直に従っていれば、どこからともなく現れて農民・町民を守ってくれる “水戸黄門” も “暴れん坊将軍” も、残念ながら現代にはいない。

 ネットワークの発達によって、自分の意見を簡単に世界に向けて発信できるようになった。逆に、発信されている情報を、世界中から瞬時にかつ安価に入手できるようにもなっている。

 日本人もそろそろ、自分達がどういう社会で暮らしていきたいかを、明確に主張すべきときに来ていると思う。政治屋や役人達が隠れてやっている様々な政策や活動をすべて公にする必要がある。そのためにはやはり国民一人一人が行動を起こし、福田現首相のように役人と結託をして国民に不利益を押し付けるような政治屋を選挙で排除していく必要がある。

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2008/02/21

辞任要求より原因究明と責任者の処分を

 イージス艦と漁船との衝突事故があった。それに対して、野党の一部から 「防衛大臣は辞任せよ」 という要求が上がってきている。

 今の段階で防衛大臣が辞任するかどうかわからない。おそらくこの件で辞任することはないだろう。

 何よりも私は、問題が起こるをすぐに 「大臣の辞任」 を要求して、政治的な問題に引きずり込もうとする姿勢に疑問を感じる。

 今の段階でまず大臣に要求すべきことは、原因の徹底的な解明だろう。そして、最高責任者である大臣に、事故の報告がすぐに上がってこなかったことの原因追求と責任者の処分。そしてそれらを公に発表すること。役人の処分が具体的に発表されないことは、私の前々からの不満だ。

 そして、そういった問題の解決が遅々として進まなかったり、責任者への処分が十分にされなかった場合は、そのときには最高責任者である防衛大臣が責任を取るように辞任を要求すべきだ。

 とにかく、今この段階での防衛大臣への辞任要求は、私にはひどく違和感がある。あくまで私の感覚でしかないが、この次期の辞任要求は、世論の支持を得られないと思う。

 こんな感覚で政治活動をしているから、民主党も社民党も支持が伸びないのかなと、改めて考えさせられた。今の自民党に対する逆風が吹いている中、野党各党はもっと支持率を伸ばしていいはずなのに……。

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2008/02/20

日本企業の従業員評価は時代遅れ?

 今回もなかなかに興味深いデータが掲載されていた。

ポスト成果主義 スタンドプレーからチームプレーに     
そのチームワークは、なぜ機能しないのか
三巻由希子IBMビジネスコンサルティングサービスパートナー執行役員に聞く

 中野目純一
  NBonline [2008年2月19日]

 私が一番興味深かったのは、世界全体と日本企業の人事を評価する基準の違いだ。

 私の解釈はこうだ。

 日本の企業は高度経済成長時代からしばらくの間、終身雇用制度を取っていた。また、社会システムとしても転職はでメリットが大きかった。そのために自然と従業員の定着率が高くなっていた。

 また行動経済成長時代は、企業の業績の上昇がそのまま従業員の収入の向上につながっていたため、労働意欲や満足度も高かった。

 それらはバブル経済崩壊後、大きく変化をした。よりよい労働環境を探して簡単に転職することができるようになった。企業の業績が好調なのに、従業員の給与は据え置きにされるどころか、成果主義や契約社員への置き換えで、むしろ下がっていった。

 以前は当たり前の前提となっていた従業員の高い定着率、労働意欲、満足度が、当たり前でなくなってきている。にもかかわらず、企業側は高い定着率、労働意欲、満足度を前提にして、より利益率を上げるために、従業員一人当たりの利益や売り上げだけを向いてしまっている。

 そう考えると、世界全体のほうがすでに次の段階に進んでいるように見える。つまり、日本の企業も、改めて従業員の高い定着率、労働意欲、満足度を得られるように努力した企業が、今後生き残って成長していくのではないかと思える。

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2008/02/19

日本の会社制度で変えるべきものは

 日本の多くの大企業で行われているいわゆる “成果主義” がすでに破綻していることは、多くの人が認識している。結局 “成果主義” は、単なる人件費抑制のための手段でしかなかった。そのために、従業員のモラルとモチベーションは著しく低下し、人件費は抑えられたかもしれないが、それ以上に生産性は低下し、各種問題を解決するための必要経費は増えたように思う。

 情報を生業とする各種メディアは、すでにポスト成果主義なるものを提案しつつある。

ポスト成果主義 スタンドプレーからチームプレーに     
もうスターは要らない
ドロシー・ハマチ・ベリー
国際金融公社人事・総務担当副総裁に聞く

 中野目 純一
  NBonline [2008年2月15日]

 私がこの記事で注目したのは、いまだに引きずっている日本人の行動や従業員の評価方法についてだ。

協調とは笑顔を絶やさずにお互いに良い態度で接することだと多くの人が誤解しているからです。そうした態度は実は多くの場合、かえって有害です。問題が存在しないかのように振る舞うことにつながるからです。

 そのとおりだと思う。昨今の省庁の不祥事はこの 「問題が存在しないかのように振る舞う」 ことから起こっていると、私は思っている。

たとえ関係を一時的に悪化させることになっても問題を解決しようとする。こうした協調性の能力は最も重要になりつつあります。

 これは私にとっては歓迎すべき傾向だ。前にも話題にしたことがあったが、ある時期の私の上司は、自分の間違いを部下が指摘するのを極度に嫌った。それでもあえて指摘した私は、ずいぶん疎まれて、どんなに会社に貢献しても高い評価を得られなかった。

日本企業には人事評価の面でも問題があるようですね。社員の処遇についての根拠が依然として曖昧な会社が少なくない。

 私が経験した範囲では、上司が性格的に合う部下を何かにつけて優遇して高く評価するとか、上司の間違いをみんなの前で指摘した部下を意図的に低く評価するとか、いったことが、日常茶飯事で行われていた。

 一年ごとに具体的な目標を定め、半年後に修正をして、目標の達成度で成績評価をするという会社のルールは、現場レベルで有名無実化していた。米国資本の外資系企業でさえそうであった。結局、運用するのが日本人であれば、運用のされ方も日本式になるということを、私は身をもって体験してきた。

 そして私が今一番あいまいにされていると思うのが、正社員と契約社員・パート・アルバイトの違いだと思っている。今後ますますこの問題は大きな社会問題なっていくだろうと予想している。

 私の考える解決策は極めて単純だ。以前にも記述したことがある。要は

「社員制度をすべて一元化して、企業で働くものはすべて正社員として契約すべし」

というものだ。

 人気のない首相は 「様々な形態で働きたい人たちもいる」 などとふざけた答弁をしたようだが、個人個人のライフスタイルと社員契約は何も矛盾しない。契約社員・パート・アルバイトといった、簡略した労働契約は、経営者にとって使いやすいからに他ならない。

 自民党政治の基盤が、企業家や資産家なので、そういった人たちに有利な政治をするのはしょうがない。だからこそ、企業家や資産家よりも数が多い労働者が支持できる政党が必要なのだが、残念ながら今はない。

 企業側と労働者側を対等にあつかう政治システムが確立できてこそ、日本は再び輝きを取り戻せると、私は思っている。だが、それがいつ達成されるのか、そもそも達成できるのか、私にはぜんぜん想像ができない。

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2008/02/18

東京マラソンが大成功と言うけれど

 2008年2月17日に東京マラソンがあった。この記事はその翌日に書いている。

 各種メディア、マスコミは、全面的に東京マラソンを絶賛している。普段は歩けないところを走ることができる。16万人もの応募があったということは、それだけ東京都内を走ってみたいと思っている人が多いわけで、その人たちの希望をかなえることには十分に意味がある。地方からも東京マラソンに参加したり、応援にきたり、見学に着たりする人が、大勢来るわけだから、該当地域への経済効果も大きいだろう。

 しかし、大多数が絶賛すればするほど、私は妙に批判的に見てしまう。特に具体的な問題点を見つけたわけでも、指摘したいわけでもない。ただ過去の経験から、ほとんどの人たちが賛同する物事ほど、実は裏に大きな問題を抱えていることが多いことを学んでいるからだと思う。

 実際、少数ではあったろうが、東京マラソンを迷惑だと思った人たちはいただろう。長時間にわたって店の前の道路が封鎖されたために、開店休業状態になった店。観光旅行できたのに、道路を封鎖されて思うように移動できなかった人たち。等など。

 もっとも、私が批判的に見てしまう一番大きな理由はやはり、私自身がマラソンといったスポーツにほとんど興味がないことだろう、というのは、自分でもわかっている。

 そして、長年にわたるテレビや新聞メディアに対する不信感、石原都知事に対する不信感、官僚・役人に対する不信感が、いっそうこういった官主導のイベントに対して、私を批判的にしてしまう。

 石原都知事はこの勢いで、第二東京オリンピックを誘致しようとしているようだが、私はオリンピック誘致に断固反対だ。オリンピック誘致に使うお金があるのならば、もっと都民のための別な使い方があるはずだ。オリンピック誘致のために、再び無駄な競技施設や無駄な道路整備を行い、結局は土建屋の懐を潤わせるだけになる以外のことを、私は想像できない。

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2008/02/16

共産党は有限実行できるのか

 なにやら 日本共産党 の 志位和夫委員長 の国会代表質問が話題になっている。

派遣法改正し“労働者保護法”に
人間“使い捨て”では未来ない
衆院予算委 志位委員長が気迫の質問

 しんぶん赤旗 [2008年2月9日]

 そのときの動画も公開されている。

 私は記事を読み(、動画は大まかにしか見ていない)、今回、志位委員長の言っていることは正論だと思った。私は 「誰が言ったか」 ではなく、「何を言ったか」 で判断するので、今回の志位委員長の主張を、私は支持できる。

 問題は、共産党がこの主張どおりに政治活動を行えるかだと思っている。人目を引くために口でいいことを言うことはいくらでもできる。難しいのは行動に移すことだ。共産党が本気で労働者の生活のための活動を具体的に行うのであれば、過去のいきさつはひとまず置いといて、次回の選挙では共産党に一票を入れることを私は考える。具体的な活動がみないようであれば、やはり共産党支持には躊躇するだろう。

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2008/02/15

Internet Explore 7.0 にして良かったこと、足りないとこ

 Internet Explorer 7.0 (IE7) を一日使ってみての感想。

 今のところ大きな不具合には遭遇していない。一年半近くユーザーに使われているわけだから、当たり前といえば当たり前だが。

 私にとって一番大きな収穫は、

Google マップ が正常に表示されるようになった

ことだ。以前はなぜかマップをコントロールするアイコンや吹き出しの背景が正しく表示されなかった。地図を見たいだけなら、他のサイトの地図で事足りるのだが、お店紹介のサイトなどでは、Google マップにリンクをはっているものが多いため、結構困っていた。それが解決されたのだから、それだけでも IE7 に切り替えた甲斐があった。

 また、Web ページの描画が早くなったような気がするのもよかった点だ。切り替える前は、遅くなるのでは、と心配していたので、杞憂で終わってよかった。

 一方で、ユーザインタフェースの変更にはいまだにてこずっている。

 大きなツールバーがなくなり、ホームページや表示の更新ボタンがあちこちに散らばってしまったため、いまだに戸惑う。

 アドレスバーの横に検索機能が付いたものの、元々 Google ツールバーを利用していたので、ダブってしまっている。Google ツールバーにはよく使う機能がつまっているので、Google ツールバーを外すつもりはない。

 Web ページをタブ化するのもくせ者だ。

 ツールバーに IE のタスクが所狭しと並ばなくなったのはよい。しかし、新しいタブに表示されるのか、新しい IE7 のウィンドウが開くのかのルールがよくわからない。

 デスクトップのショートカットを使った時、Web ページ上のリンクを使った時、メールのリンクを使った時、アプリケーションのリンクを使った時、などでどうも動作が違うようで、以前に開いたページを探すのに苦労する。

 今も、IE7 のタスクが二つある。以前開いたはずのページが見つからないと思い、再度開くと、実は別のタスクの IE7 のタブにあった、とかがよくある。

 一つのサイトのページ内ユーザインタフェースが、タブもどきの形をしていることはよくある。私のいきつけの Impress Watch もそんな Web ページだ。一日に何度も見るサイトなので、自分見やすいように一つの IE7 タスク内で、複数のページをタブ化している。そうすれば、切り替えが早くなり、見やすくなる。ところが、ついサイト内のリンクをクリックしてしまい、同一のタブ内で表示が切り替わってしまう。

 [タスク] ⇒ [タブ] ⇒ [サイト内] と同じような役割を果たしているものが多重化しているため、便利に使おうと思っても混乱の元が増えてしまっているように思う。

 せめて、URL を判断して、すでに開いているページに一致した場合は、すでに開いているページを自動的に表示するようになっていてもよさそうなものだが、どうやらそこまでは作りこまれていないようだ。

 アプリケーションには、保存されている文章を開こうとした時に、すでに開かれていた場合は、開かれている文章を自動的に表示するものも多い。そういった使い方は十分に想定されるものだと思うのだが。

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2008/02/14

Internet Explore 7.0 に更新して思うこと

 マイクロソフトが Internet Explorer 7.0 (IE7) への自動更新を始めた。こちらの記事によれ ば IE7 は、2006年11月に正式リリースされている。15ヵ月以上が経過したことになる。

 今回はちょうどいい機会だと思い、自分のパソコンを IE7 にアップデートした。逆に言えばこの15ヵ月間、私は IE7 には切り替えずに、IE6 を使い続けた。私だけではない。本ブログのアクセス解析を見ると、IE6によるアクセスは、IE7 正式リリース以降も 50~60% で安定している。IE7 はずっと 15% 前後に停滞している。

 10年前の私であれば、15ヵ月も最新のソフトウェアに切り替えないなど考えられなかったろう。当時の私であれば、正式リリース以前のベータ段階から積極的にインストールしていたはずだ。

 積極的にソフトウェアをアップデートしなくなったのは、ここ4~5年のことだ。Windows が XP となり、SP もリリースされて、Windows の動作が極めて安定した頃からだったと思う。

 そして私が IE6 を使い続けたのも、まさに同じ理由だ。「安定しているから」 そして 「IE6 でやりたいことがすべてできるから」。

 それまでのパソコンソフトウェアのバージョンアップでは、バージョンが上がればそれまで出来なくてイライラしていたことができるようになったり、過去の貧弱なハードウェアに合わせて脆弱に作られていたものが強固に書き換えられていたり、と好みというよりは必要に迫られることが何かしらあった。

 それが Windows XP + IE6 という組み合わせ以降、この組み合わせで何も困らなくなった。

 さらに、新しいシステムに早い段階で切り替えると、その時使っていたソフトウェアや Web 上のサービスが使えなくなることを、過去に散々経験してきた。カミさんのパソコンを Windows 2000 から Windows XP に切り替えたときも、カミさんには必須になっていたオンライントレードツールが使えなくなったのを、今でもはっきりと覚えている。

 今回の IE7 への切り替えは、とりあえず私のパソコンのみで、カミさんのパソコンはまだ IE6 のままにしてある。おそらくカミさんが使っているサービスも IE7 に対応しているとは思うが、私も詳しいことは調べていないし、何よりも今問題なく使えている。

 IE7 の話をすると、つい出てくるのが Windows Vista の話だ。

 我が家にはまだ 1台 も Windows Vista を導入したパソコンがない。私自身も店頭で少しさわったぐらいで、Windows Vista を日常的に使ったことがまだない。これも10年前の私では考えられないことだ。

 しかし、今 Windows を XP から Vista に切り替えたとすれば、システムだけではなく今日常的に使っている多くのソフトウェアとハードウェアも更新しなくてはいけなくなるだろう。ソフトウェアの中には有償で更新をしなければいけないものもあるだろうし、もとよりハードウェアの更新は有償だ。そして、私には Windows Vista を使わなければいけない理由が、ない。

 実際に自分がそういう状況に置かれると、企業が古いパソコンと古いシステムを使い続ける理由がよくわかる。世間的に散々言われていることだが、パソコン業界にいるとどうしても新しいハードウェア、新しいソフトウェアばかりに目がいってしまい、古いハード、古いソフトに固執するユーザーの気持ちが理解できない。

 その業界で必要な感覚を、その業界からすっぱり離れてみないと得られない。なんとも皮肉な話である。

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2008/02/13

総選挙時期についての世論調査結果から考える

 NHKが2008年2月9日~11日にRDD方式で世論調査をした結果、“衆議院の解散・総選挙の時期について” は、

  • 34%: 来年の任期満了まで総選挙を行う必要はない
  • 29%: 日本でのサミットが終わったあと、今年秋ごろまでには行うべきだ
  • 24%: 平成20年度予算案が成立したあと、今年春ごろには行うべきだ

だったというニュースを放送していた。

 この種の調査結果には、いろんな読み方ができる。そもそも、設問の内容や調査対象によって調査した組織の思惟が出てくることも少なくない。

 が、この結果がある程度今の日本国民の意識の傾向を示していると仮定すると、

「今の日本国民は、衆議院と参議院で与党勢力が異なるいわゆる“ねじれ”の状況を好ましい状況だと考えている」

と私は読んだ。

 もし、衆議院と参議院の“ねじれ”を、多くの日本人がよくないと考えているのであれば、衆議院の早期解散を望む声が多くなるとはずだと思ったからだ。

 “ねじれ”により自民党は安易に自分達にだけ都合の良い議決ができない。“ねじれ”により様々な省庁・官僚達の不正や不適切な行動が公にされた。絶対に必要な議決は、自民党が支持率の低下と引き換えにしてでも衆議院を通して国会議決とする。

 こういった状況を多くの日本人が、少なくとも“ねじれ”以前の自民党暴走、官僚やり放題な状況よりは「まし」だと考えているのではなかろうか。

 政治問題をあつかうバラエティ番組で、えらそうな顔をした政治評論家たちが、

「いまの“ねじれ”状態はよくない。日本の政治が進まなくなって、ますます日本がだめになっていく。」

とつばを飛ばしながら力説している。しかし、私はそう思っていないし、多くの日本人もそうは考えていないと、思っている。

 政治バラエティによく出ている 大竹まこと氏が、そんな政治評論家たちを前にして、

「でも、この“ねじれ”があったからこそ、防衛省接待問題とか薬害肝炎問題がここまで大きな問題にできたわけですよね。そう考えると、“ねじれ”ていることが一概に悪いこととは言えないんじゃないの。」

という内容の発言をしていた。この発言などは、まさに多くの日本人を代表した発言なのではないかと思っている。

 確かに、景気対策や国際貢献、ガソリン税暫定税率などで、なかなか結論が出せずに、日本経済を損なっている部分があるのかもしれない。多分あるのだろう。

 しかし、今の日本人の多くはその程度のことは、今後日本が再び住みよい国になるために支払う代償だと覚悟して、むしろ、これまでにたまった癒着や利権といった日本社会を蝕んでいる病巣を明らかにして摘出することこそ早急に期待していると、私は思いたい。

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2008/02/12

どうでもいいことが長時間報道されてていいのか

 少し前に、自民党の佐藤ゆかり議員が次の選挙で別な選挙区から立候補することが決まった、ことがずいぶんと報道されていた。

 しかしこれは、そんなに時間を割いて長時間放送するようなことなのか? 私にはまったくそう思えない。

 同じ自民党、前回の郵政選挙で敵対した間柄、小泉チルドレンの象徴、女の争い、といったことで確かに注目を浴びやすい、話題にしやすいモノだとは思う。

 しかし所詮、自民党内の派閥争い、主導権争いでしかない。国民の生活や日本の安全にまったく影響のない話だ。もっと言ってしまえば、芸能人が結婚したり、離婚したりしたのと同じレベルの話だ。

 これがさも政治上の重要な事件のように報道されるのが、私には腹立たしい。世界にはもっと報道しなければいけない重要なことが山のようにあるはずだ。世界といわずに、日本国内でもあるはずだ。年金問題の行方がどうなっているのか、税金の無駄遣いは減っているのか、ほんとに道路特定財源をすべて必要なほど道路を作らなくてはならないのか、等など。

 「皆が見たい聞きたいことを報道するのがニュースの役目だ」 というのかもしれない。しかし、私はそれは報道倫理の観点で正しくないと思う。正しい報道倫理に基づけば、

「皆が知らなければいけないことを報道するのがニュースの役目」

だと私は信じている。それがたとえ、皆が目を背けたくなるようなことであったとしても、知らせなければいけないことはあるはずだ。そうではなく、「見たい聞きたい」モノだけを知らせるならば、それは報道とはいえない。それはバラエティでしかない。

 特にテレビ放送では、ほとんど報道を見かけなくなってしまった。やっているのは、報道っぽく放送しているバラエティばかりである。それは、日本人全体にとってとても残念なことに違いないと思っている。

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2008/02/09

子供に残したいもの残さないもの

 こちらの記事によれば、

消費税は低所得者に不利か?「逆進的」という誤解を解く
 辻広雅文(ダイヤモンド社論説委員)
  [2007年12月19日]

「日本人の労働、貯蓄のインセンティブは、子や孫に資産を残してやろうという欲求が最も大きい」

らしい。そういえば、以前記事にした著作権関係の話でも、松本零士氏島本和彦 もやたらと 「家族や子孫に著作権収入を残せるか」 に、こだわっていたことを思い出した。

 残念ながら、私の親は資産家ではないし、資産を残してやろうという気もないようだ。むしろ、

親が貯蓄されるべき資産を、国に取られるくらいなら使ってしまえとばかり、例えば子どもへの過剰な教育投資に使ってしまいかねない。

ではないが、私は十二分に教育を受けさせてもらった。それが過剰なのか、迷惑なのかは、個人個人で違ってくるだろう。私の場合は、過剰ではなかったし、迷惑でもなかった。一般論で語るべきではない。

 そういう家庭で育ったせいか、私も自分の子供に経済的な巨額資産を子供に残してやろうとは思っていない。苦労せずに受け継いだ資産が人を堕落させるのは、歴史が証明している。

 そして、私の親が私にしてくれたのと同じように、私も自分の子供には十二分な教育や経験をさせたいと思っている。そのための費用は惜しまないつもりだ。

 しかしそれは、贅沢をさせることではない。欲しがるおもちゃをすべて与えたり、一食何万もするような高級レストランで食事をさせたりすることは、子供の成長に重要な経験だと思わない。

 逆に、平均的な予算で海外を旅行したり、興味を持ったことを一通り習わせてみたりすることは、将来自分の進むべき道を決める上で役に立つ経験だと思っている。

 ここでも “身の丈にあった生活” というのが、私のポリシーだ。

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2008/02/08

良い接客に関する二つの記事

 奇しくも、接客業についての記事を続けて目にした。

ビジネス基礎体力     
「2つの恐怖」を与えない
好かれる話し方<第3回>

 日経ビジネス アソシエ
  NBonline [2008年2月7日]

遙 洋子の「男の勘違い、女のすれ違い」     
どうすれば売り上げが上がるのか
 遙洋子
  NBonline [2008年2月8日]

 経営者側の視点か、消費者側の視点かの違いはあるものの、どちらも本質的なところを突いていると思った。

 私も店でモノを買うときによく感じることだが、とにかく、言われた通り、マニュアル通りに接客してくる店員が99%だ。私が何に困っているのか、何を解決したいのかを考える店員に会ったことを思い出すことが出来ない。

 以前の “東急ハンズ” についての記事を読み返してみると、今回上で紹介した記事の重要なポイントを実践していることがわかる。こんな対応が出来るようになるには、教育だけでなく、やはり長い経験の積み重ねが必要だと思う。とすると、忙しい時期だけ手伝ってもらう非正規雇用の社員では、とうていこのような対応は望めないだろう。経営者だけに都合のいい雇用形態は、こういうところに徐々に現れてくると思う。

 また、“好かれる話し方” の最後に書いてある 「話し方以前にNG!」 には、個人的に付け加えたいことが二つある。

  1. 客がいるのにスタッフ同士が会話に夢中になってる
    若い男女間のスタッフ間によく見られる。ひどい時は、私が声をかけると、露骨に 「邪魔者が来た」 という顔をされる。
  2. 裏方が自分の仕事しか頭になく、客を見ていない
    これは前に記事にした通りである。

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2008/02/07

映画を一度で終わりまで見ることが出来ない

 最近、テレビ放送された映画を、始めから終わりまで一気に見ることがなくなった。たいてい途中で中断し、少し時間を置いてから続きを見るパターンで見ている。

 理由を自分なりに考えてみた。

  1. 集中力が続かない
  2. テンポが悪くて見ていて飽きてくる
  3. 先のパターンが読めてしまいしらける
  4. 録画なので、今すぐ見なくてもよいという安心感

 1. の “集中力が続かない” のは、年齢によるものがあるかなと思っている。やはり若いときのほうが集中力が続いた気がする。ただ、以前やった “Flash での電卓作り” では、時間を忘れるほど熱中して作業をしていたので、単純に集中力がなくなっただけではなさそうだ。

 2. の “テンポが遅くて悪い” 映画が最近多い気がしている。私が見る映画は、ハリウッド映画が多い。そのせいか、上映時間を無理やり長引かせているモノが多いような気がする。“スターウォーズ” シリーズは、展開が速すぎてついていけないという話も聞くが、私にはちょうどよいテンポだった。
 監督や演出が、伝いたいことを正確に伝えようとすると、どうしても1シーンが無駄に長くなり、テンポも悪くなるものだ。私も自分が言いたいことをすべて伝えようと、ついつい余計なことまで書いてしまうためだ。それに比べると、優秀な人が書いた作品は、無駄がなくテンポがよい。

 3. の “パターンが読めるシナリオ” も、映画を作る人の工夫のなさからくるものだと思っている。映画にも定石というか、ある決まったの文法があるはずだ。そのため、同じジャンルの映画を見ると、似たような構成と似たような展開が目に付く。先の展開が読めてしまうと、やはりしらけてしまう。そうなるといったん見るのを止めて、気持ちを落ち着けてから見ないと、非常につらくなる。

 4. は映画の質とは関係がない。自分の映画を見る環境の話だ。昔であればテレビ録画しても、録画したテープがどれかわからなくなったり、いったん巻き戻すとどこまで見たのかわからなくなったりしたものだ。それが今はHDD録画となり、途中で止めても番組ごとに止めた位置が記憶されている。番組内での移動も簡単で高速だ。
 後で見直すのが面倒であれば、「一気に見てしまおう」 という気になるのかもしれないが、「後でいくらでも見直せる」 と思えば、止めたいときに止めてしまえる。

 こう考えていくと、自分自身の気力や体力、量産化による映画の質の低下、自分の経験の蓄積による感動の低下、機器の発達による利便性の向上、などの複合的な要員で、映画を一気に見ることが出来なくなったようだ。

 夏休み前に前売り券を大量に購入して、夏休み中に十数本の映画を見まくったあの頃が懐かしい・・・。

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2008/02/06

突然の有害サイト規制義務化の行き着く先は

 相変わらず中央省庁のやることはお粗末だ。

時流超流     
突然の「携帯官製不況」
有害サイト規制を義務化した総務省の拙速

 田中成省 中島募 鈴木雅映子
  NBonline [2008年2月4日]

 日本のマンガやアニメーションが世界に通用する日本の重要なコンテンツになったのは、政治家や役人の干渉を受けなかったためだとよく言われる。実際、私もそのとおりだと思う。

 私がよく知るコンピュータ業界でも、“第五世代コンピュータ計画” や “Σプロジェクト” といった役人主導の税金の無駄遣いがあった。とにかく役人は何でもやりたがるが、成功させるために必要なことを知らない。失敗の責任も取らない。

 そして今度の有害サイト規制の独断だ。「義務化するのは未成年者だから影響は小さい」 とでも思っているのだろうか。上述したマンガにしてもアニメにしても、その価値をいち早く受け入れたの未成年=子供達だ。

 この規制がこのままの形で続けば、ケータイビジネスはおそらく “死ぬ” だろう。素人の私から見ても簡単に想像がつく。

 もちろん、ケータイキャリアだけが儲かるような今のケータイビジネスの形は良くないと、私は思う。ケータイキャリア、コンテンツオーナー、そして利用者が、すべてハッピーになる形にしないと、やはりケータイビジネスは拡大しないと思う。

 ところが今回の規制は、そのバランスをとる以前の問題だ。今やメールやWebページアクセスは、パソコンよりもケータイのほうが多い時代だ。特に若い人たちにとっては。より多くの人たちの利便性を奪ってこのままで済んで欲しくない。PSE問題 のように最後は見直しが避けられないのではないかと期待したいところだ。

唐突な決定の背景には、政治家や警察庁などからの圧力が影響したとも噂される。

 これが本当のことだとしたら、自分達の地位や権限を守るためには、業者やなによりも国民の利益を平然と無視する “お役人” の “面目躍如” である。

 そして、このサイト規制義務化がどんどん進んでいけば、やがて国家権力による情報の検閲に行き着いてしまうのではないかと心配で仕方がない。

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2008/02/05

モンスターペイシェンツ

著者に聞く     
患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医
『医者のしごと』の著者 福井次矢聖路加国際病院院長に聞く

 飯村 かおり
  NBonline [2008年2月4日]

 “モンスターペアレント” の次は “モンスターペイシェンツ” らしい。

 一時期、“ドクターハラスメント” が話題になった。モンスターペイシェンツは、そのドクターハラスメントの反動で出てきたようにも見える。

 いろいろな理由が考えられるし、挙げられている。その中で影響が大きいと私が思っているのが、「要求をしないと損をする」 という今の日本社会のシステムだ。

 年金もそうだし、地方自治体が行っている各種補助もそうだ。たいして広報活動も行っていないのに、資格を持っている人が補助を受けるためには、自ら細かく調べて申請をしなければいけない。ひどいときは、役所の担当者が補助をなるべく出さないように意図的に情報を与えない、といった報道もあるぐらいだ。

 本来自分が受けられる恩恵を受けるためには、しつこく要求しなければいけない。そんな制度に晒され続ければ、やがて何に対しても、とにかくまず細かく要求するようになっても仕方ないのではないのか。

 数だけは多いくせになるべく仕事をしないように努力をする公務員達。

「窓口でのパソコン作業では、キーボードを45分操作したら15分休憩」
「キーボードへのタッチは1日当たり平均5000以内」
  (Wikipeida より)

こんなことを中小企業がやっていたら、その企業はすぐにつぶれてしまうだろう。いくら現場の労働者を保護するといっても、これでは 「税金泥棒」 といわれても仕方ないだろう。

 中小企業に比べればはるかに高い給料をもらっている公務員達が多すぎるぐらい多くいるのだ。その公務員達が中小企業に勤める社員以上に働けば、市民サービスはもっと快適になるはずなのだ。そうすれば、モンスター達もこれ以上増やさずに済むと、私は思っている。

 ところで、“教師”、“医師” といずれも 「先生」 と呼ばれる人たちが、モンスターの餌食になっている。すると次に犠牲になる “先生” は、・・・・・・・、“代議士” と予想してみる。

 “モンスターエレクトレイト(有権者)” に悩まされる代議士達。冠婚葬祭でかならずお金を要求され、地元へ必要以上に多くの国家予算を持ってくることを要求される。あれ? 今とおんなじじゃん。(笑)

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2008/02/04

身の丈にあった生活

神谷秀樹の「日米企業往来」     
下村治博士の20年前の警告を見つめよ
 神谷秀樹
  NBonline [2008年2月4日]

 あぁ、やっぱり優秀な人というのは、現状をきちんと分析して10年20年後を予測できるもんなんだな、と思った。もっとも、いろんな人がいろんなことを予測してるわけだから、そのうちのどれか一つぐらいは当たるのだが。(^^;)  それで、現実に予測が当たってから 「○○先生は、20年も前から予見されてた」 となるのは、結果論でしかないのだが、今日の話題の中心はそこではない。

 私がこの下村博士の言葉の中で、

「身の丈以上の生活の仕方はやがて破綻し、その時にドルは暴落する。また日本が米国に行った貯金も返らなくなる」

「マネーゲームに惑わされず、堅実な生活設計を立てること。あまり欲の皮を張りすぎると悪徳業者にだまされるのがオチである」

という言葉は、私の生活ポリシーに合致していて、すごく賛同できる。

 『身の丈にあった生活』、これは前回の記事内で書いた “エコ” にも通じる生活だと思っている。自然環境、地球環境を省みず、資源の浪費や環境汚染をしてまで身の丈以上の生活を送ろうとする今の日米の生活は、すでに限界に来ていると感じる。それは、身の丈以上に道路を作ったり、箱物を作ったりすることにもいえる。

 確かに、人類は身の丈以上の豊かな生活を目指して著しい進歩を遂げてきた。私もその恩恵にあずかっている自覚はある。しかし、これ以上の豊かな生活は、自然環境に対する負荷、さらには人間自身に対する負荷があまりに大きすぎるのではないかと考えている。

 今のところ私が実践しているのは、“車を持たない”、“エアコンを持たない” といった類のものでしかない。それでもカミさんからはしょっちゅう 「不便だ」 と文句をいわれる。しかし、生活に支障をきたさないのであれば、私は所有するつもりはない。ちなみに、今これを書いている部屋の暖房は “パソコン” だけだ。寒いときには厚着をする。それで十分だ。

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2008/02/02

今の社会を転換させるものはあるのか

宮田秀明の「経営の設計学」     
道路予算は地方を救わない
今こそ“麻薬”中毒の苦しみから抜け出す時

 宮田秀明
  [2008年2月1日]

 全面的に賛同する。ここで語られているような “交通・輸送・環境”行政を掲げる政治家や政党があれば、私は全面的に支持する。

 地方に道路を作るだけでは 「地方を活性化しないし、何の経済効果もない」 ということは、これまで散々言われてきていることだ。にもかかわらず、政官業の癒着構造のために、いっこうに道路行政が変わる兆しはない。

 一度作られたシステムや制度、既得権益を崩すことがいかに難しいかを、今の日本の道路行政もまた示そうとしている。

 この、道路や箱物といった土建屋に優先的にお金を集めようというシステム、もっと言えば、個人の生活よりも企業の利益を優先する社会システムを変えてくれるものがあるとすれば、それは何だろう。

 平安時代は武力を持たない権力が、権力を持たない武力によって、貴族中心社会が崩壊した。鎌倉時代の 「土地は兄弟で分割するもの」 という制度は家の弱体化を招き、家長による一括相続へと変わっていった。江戸幕府は、長年にわたる内向きの制度が武力に優れた欧米列強に対応しきれずに、欧米のシステムを柔軟に取り込んだ勢力に取って代わられた。

 私が思うに、企業最優先のシステムに転換を促すのは、今流行の “エコ” = 地球環境対策 なのかもしれない。

 地球温暖化だけではない。酸性雨や砂漠化、海洋資源の枯渇など、地球の自然環境に付けを回した分を、今の企業は利益としている。企業が利益を上げる過程で発生させたガスやゴミを、自然環境にまったく無害なものに戻すコストをかけた場合、はたして企業は本当に経常利益を出すことが出来るのだろうか? ほとんどの企業が利益を出せなくなると、私は思っている。

 もちろん、企業が安価で便利なモノを提供できなくなれば、その国に住む者も不便を強いられるだろう。だが、今の日本はあまりにも贅沢になりすぎてはいないだろうか。私は今よりももっと不便で、何事にも時間がかかる社会のほうが、こと日本に関しては、結果として肉体的にも精神的にもゆとりが出来て、今よりも住みよい社会が出来るような気がするのだが、どうだろうか。

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2008/02/01

米国食肉工場のトンデモ映像

 世間では今 “農薬入り中国製冷凍ギョウザ” が、一番話題になっている。しかし、私はそれと同じぐらいに、こちらも問題じゃないかと思っている。

牛に電気ショックの映像、米で波紋
 TBS News i [2008年1月31日]

アメリカでは体が弱り、立てない牛はBSEの危険性が高いとして流通できないため、告発した団体はこの食肉工場では弱った牛に電気ショックなどを与え立ち上がらせ、検査をパスさせていたとしています。

 アメリカ農務省が調査に乗り出すらしいが、「科学的でない」という科学的でない根拠で全頭検査を拒んだ農務省だ。どこまで本気で調査をするつもりかわかったものではない。

 確かに農薬ギョウザは即効性があるし、原因と結果がはっきりしている。それに対して、BSE の人体への感染はまだはっきりしていない。潜伏期間も長い。

 しかし、薬害エイズ問題、アスベストによる悪性中皮腫問題、薬害肝炎問題、いずれもが長い潜伏期間を経て大きくなった問題だ。そして、問題がまさに起こっているときは、誰も問題を指摘してこなかった。

 BSE も同じ問題をはらんでいるかもしれないと考えられないだろうか。10年、20年経ってから、大勢の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病患者が発生したときは、いったい誰が責任を取るというのだろうか。それに、誰かが責任を取ったとしても、結局、苦しむのは病気にかかった患者達だ。

 私は、米国産の牛肉は買わないようにしている。だが、外食したときに米国産牛肉を食べていないとは言い切れない。そう考えて、とにかく危険性がある疑わしいものは、徹底的に調査して欲しいというのが、私の切なる願いだ。

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