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2008/02/02

今の社会を転換させるものはあるのか

宮田秀明の「経営の設計学」     
道路予算は地方を救わない
今こそ“麻薬”中毒の苦しみから抜け出す時

 宮田秀明
  [2008年2月1日]

 全面的に賛同する。ここで語られているような “交通・輸送・環境”行政を掲げる政治家や政党があれば、私は全面的に支持する。

 地方に道路を作るだけでは 「地方を活性化しないし、何の経済効果もない」 ということは、これまで散々言われてきていることだ。にもかかわらず、政官業の癒着構造のために、いっこうに道路行政が変わる兆しはない。

 一度作られたシステムや制度、既得権益を崩すことがいかに難しいかを、今の日本の道路行政もまた示そうとしている。

 この、道路や箱物といった土建屋に優先的にお金を集めようというシステム、もっと言えば、個人の生活よりも企業の利益を優先する社会システムを変えてくれるものがあるとすれば、それは何だろう。

 平安時代は武力を持たない権力が、権力を持たない武力によって、貴族中心社会が崩壊した。鎌倉時代の 「土地は兄弟で分割するもの」 という制度は家の弱体化を招き、家長による一括相続へと変わっていった。江戸幕府は、長年にわたる内向きの制度が武力に優れた欧米列強に対応しきれずに、欧米のシステムを柔軟に取り込んだ勢力に取って代わられた。

 私が思うに、企業最優先のシステムに転換を促すのは、今流行の “エコ” = 地球環境対策 なのかもしれない。

 地球温暖化だけではない。酸性雨や砂漠化、海洋資源の枯渇など、地球の自然環境に付けを回した分を、今の企業は利益としている。企業が利益を上げる過程で発生させたガスやゴミを、自然環境にまったく無害なものに戻すコストをかけた場合、はたして企業は本当に経常利益を出すことが出来るのだろうか? ほとんどの企業が利益を出せなくなると、私は思っている。

 もちろん、企業が安価で便利なモノを提供できなくなれば、その国に住む者も不便を強いられるだろう。だが、今の日本はあまりにも贅沢になりすぎてはいないだろうか。私は今よりももっと不便で、何事にも時間がかかる社会のほうが、こと日本に関しては、結果として肉体的にも精神的にもゆとりが出来て、今よりも住みよい社会が出来るような気がするのだが、どうだろうか。

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