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2008/03/14

危機感駆動型、おおいに結構

ニュースを斬る
危機感駆動型ニッポンの危機!?
ネガティブなニュースの濁流に流されるな

 竹中正治
  NBonline[2008年3月12日]

 この記事を読んで、いろいろと教えられた。

 確かに米国建国の経緯を考えれば、ともすれば絶望しがちな状況において、周囲や子供達に明るい未来を語る。語ることで、自分自身もきっと明日はよくなっているに違いない、と信ずる。そうであればこそ、あそこまでの国にすることが出来たのだろう。

 一方の日本は、建国前の時代から海を挟んでいるとはいえ、隣に広大な領土と進んだ技術力を持った大国が常に存在していたのだ。日本に住んでいる人たちが、常に侵略の危機感を持ったとしても不思議ではない。また、外敵からの脅威を除けば、生きていくための生活基盤は十分に整っていたのだから、あえて明るい未来を語る必要もなかったはずだ。

 そして、

これは、進化──淘汰と適応──の結果生じた人間の性向だと考えると納得できる。特定の場所に「実をつけた木がある」という情報(良いニュース)と「捕食動物がいる」という情報(悪いニュース)のどちらに強く反応する性向の方が生き延びる確率が高くなるだろうか。「木の実情報」を聞きもらせば、食べ損ねるだろうが、すぐに餓死するわけではない。一方、「捕食動物情報」を聞きもらせば、今にも襲われて死ぬ確率がぐんと高くなる。

という部分が、真にどちらが必要かということを言い表しているように思う。そのことから私は、竹中正治氏が言うような、

「危機感駆動型アプローチ」では日本は良くならない

とは思わない。

 日本がよくならないのは、戦略的に危機感を煽って、人の財産を巻き上げようとする人たちが、社会システムの中枢、官僚や経済界、にいるからだと、私は考えている。

 また、米国は財政赤字によって実体はすでに破綻の状態にあるとする意見も多い。ところが、米国国民は楽観主義により、いずれはうまくいくと考え、危機感に乏しい。

 とすれば、世界的な経済破綻が起こったときに、被害を最小限に抑えられるのは危機感型の日本なのではないだろうか。

 見方を変えれば、米国型はハイリスク・ハイリターン型、日本はローリスク・ローリターン型とみることができる。そして私は、ローリスク・ローリターンに安心感を覚える。

 それに、褒められることが当たり前の人たちが米国内ですら問題になりつつあるのだ。“希望駆動型” の米国方式を、日本が無理をしてまねる理由が、私には見つけられない。

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