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2008/04/18

よくないからと遠ざけるのが良いことなのか

 やはりこの人物は、リーダーには向かないと、私はつくづく思った。そう 現内閣総理大臣 福田康夫 氏のことだ。

 4月17日の政府の教育再生懇談会で、

子どもが携帯電話を持つことについて「ろくなことがない。悪い大人に利用されるだけだ。人間関係にもマイナスだし、教育上も良くない」と、持論を展開した。
(asahi.com)

だそうだ。ケータイなどの新しい技術に警戒感が強いタイプに見られる発言だ。

 この理論でいくならば、

  • 車は犯罪者に利用されるだけで、事故にもつながるからよろしくない
  • 包丁は殺人に利用されるのでよろしくない

ということになってしまう。

 このニュースを聞いて、ふとこんな話も思い出した。

 私の出身地は宮城県北部の田舎町だが、子供の頃にこんな話を聴いたことがあった。

 「この町(私が住んでいた町)は、今でこそ周辺から多くの人たちがやってくるが、それはJR東北本線の駅があるから。最初に東北本線を通す計画のとき、この町が選ばれたのは、この町が貧乏地域だったから。当時は蒸気機関車で、排煙の火の粉で火事になることもあったという。そのために、裕福な町や村は汽車が通るのを嫌がり、貧乏村だったこの町に線路を押し付けられた。」

というものだ。

 結果として、当時の最先端技術であった鉄道を押し付けられた町が、中心都市仙台のベットタウンとして発達をして、鉄道を通さなかった北部の市部は発展が遅れた。

 新しい技術のマイナス面ばかりを気にして、その技術が及ぼすプラスの部分を想像することができなければ、損をするのはその地域の子孫達だ。

 今、出会い系サイトや裏サイトの暗黒面ばかりをやたらと強調して、今後標準装備となってく技術(ケータイ)から子供たちを遠ざけるのが、社会のリーダーとして正しい姿とは、私にはとうてい思えない。

 心身によくないモノをなくすことはできない。どんなに否定しようとも、世の中から消し去ることは出来ない。ならば、遠ざけるよりも、いかにうまく付き合っていくかを考え、子供たちに教えていくことこそ重要なのではなかろうか。

 社会的に必要とされているかを考えずに、一面的な暗黒面のみをことさら強調して、新しい技術を否定するのは、影響力の大きいリーダーのするべき態度ではないと、私は信じている。

 また一方で、下の内容から、権力者としての危険な考えも伺える。

首相は「子どもを守るということに対し、もっと厳しい対応が大事」と指摘。
委員からは「フィルタリング(閲覧制限)を義務化しないと徹底されない」との意見が出た。
(asahi.com)

 福田氏のいる席での発言だ。フィルタリング義務化の話は、当然、福田氏の意向に沿ったものだといえるだろう。

 フィルタリングの義務化は、福田氏だけの意向ではなく、政治家全般が考えているようである。この義務化の怖いところは、子供の安全の大義名分の下に、情報統制が行われてしまうところにある。

 歴史的に見て、悪法が悪法の顔で成立することはなく、後に悪法と評価されるすべて法律は、「国のため」「国民のため」と称して成立されている。

 政治屋、役人にとって、国民に政治の裏側や事前活動が知られることは、極めて都合が悪い。今回の “後期高齢者医療制度” のやり方を見てもわかるように、「由らしむべし 知らしむべからず 」 が政治屋と役人のやり方だ。

 ちなみに、「由らしむべし 知らしむべからず 」 を調べていたら、この人こんなことを書いていた

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