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2008/09/15

「暴走首相」は誰が作ったのか

「無責任辞任」のココロを読む
宰相が「暴走老人」になる時

 AERA [2008年9月12日]

 だいたいにおいて、上記の記事に私は同意できる。

 私の目にも、もう何もかもがいやになって、「だったら他のヤツがやれと」 と言いたくなって、首相を辞任したように見えた。

 首相になるときは、いろんな人に持ち上げられて、「これだけの人が協力してくれるんだから、私の思うようにできるはずだ」 といった皮算用があったかもしれない。しかしそれは、「麻生憎し」 で一時的に集まった勢力に過ぎず、いざ、首相になってみたら、持ち上げた人たちはさっといなくなり、それぞれに好き勝手なことを言い出した。そんなところではなかったろうか。

 こんなことを偉そう言っている私も、過去には、主導的にあったプロジェクトを半ば人に押し付ける感じで、他の部署に移動したこともあったので、福田首相の心境がまったくわからないわけではない。ほめられたことじゃないし、今なら他の手段も取れるように思うが、当時まだ若かった私には、他の選択肢がなかった。

 結果論になってしまうが、やはり福田氏は首相になるべきではなかったように思う。その意味では、首相になった時点で、すでに 「暴走老人」 になっていたような気がする。

 もし本当に “分別ある” 老人であったなら、「私には荷が重い」、「若い世代にやらせた方が良い」 と言えたのではなかろうか。ただでさえ政治が老害でひどく蝕まれているのだから。

 ところで、上記記事の最後の部分だけは、私はまったく同意できない。

精神科医の名越康文さんも、今回の辞任を福田首相個人の資質だけに帰着して納得してしまうのは間違いだと強調する。名越さんが辞任以上に驚いたのは、テレビの街頭インタビューを受けた人々が、評論家然と、異口同音に首相を批判する風景だった。
「自分たちが選んだ首相だという当事者意識が全くない。いま最も受け入れられやすい意見は何かという空気を読んで、バッシングしているだけに見えた」
こうした状況が変わらない限り、「暴走首相」がいずれ再来するのは間違いなさそうだ。

 ちょっと待って欲しい。私達が福田氏を首相に選んだ覚えは無い。福田氏を首相に選んだのは、自民党であり、自民党の長老と呼ばれている老害たちだ。

 国民はみんなそのことを知っている。だから当事者意識が無くて当たり前なのだ。

 だから、「暴走首相」 が再来するとすれば、やはり選挙を経ることなく、政権与党の党内事情だけで首相がすげ替えられる時だ。そういう状況に対してであれば、

こうした状況が変わらない限り、「暴走首相」がいずれ再来するのは間違いなさそうだ。

という意見に、大いに賛同する。

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