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2008/10/13

国は肥大化しすぎた金融システムから距離を置くべき

 今日もまた、暴論をひとつ言おうと思う。

 まず、私は金融や経済学については、ずぶの素人だ。あくまで素人が現在持ち合わせている知識と、漠然と感じていることだけで書こうとしている。そんな人間の言うことなので、事実誤認や常識ハズレな発言の詰め合わせな記事なることは避けられない。よって、読まれる方は、そこのところを踏まえて、寛容な気持ちで読んでいただきたい。

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 米国、ヨーロッパ、そして日本と株価が急落をして大騒ぎになっている。先進主要国の金融担当大臣が集まり、この局面をいかに切り抜けるかを話し合ったほどに、危機的な状況といえる。

 20世紀前半に世界恐慌が起こり、世界中の多くの人々が不安な日々を送ることになった。それは、第二次世界大戦というより大きな混乱と不幸を引き起こしたといってよいだろう。

 その後は世界恐慌の教訓から、大きな混乱を招くこともなく、1987年のブラックマンデーも何とかやり過ごしてきた。

 しかし、21世紀に入った今日、再度、実体経済に影響を及ぼすほどの金融危機が起ころうとしている。

 証券や投資といった金融システムは、ただ持っているだけでは何も生み出さない “お金” というものが、新しい価値を生み出すモノへ貸し出されて、社会の発展に大きく貢献しているのは理解しているつもりだ。それによって私の日常がより豊かになっているのだろうと、なんとなく思っている。

 それでもいったん歯車が狂い始めると、多くの人たちの日常に多大な悪影響を及ぼす現在の金融システムは、何かが間違っているとしか、私には思えない。

 だから私はあえて、「金融システムをすべて白紙に戻して、透明性が高い、本当の意味で社会の発展に役立つお金の流れを作るべき」 だと言いたいのだ。

 もちろんそれが現実的ではないことは、自分自身でも理解しているつもりだ。「車による交通事故が多発しているから車をすべてなくせ」、「インターネットによる情報流出があるから、インターネットを止めろ」 などと主張する人がいれば、私も 「なにを馬鹿なことを」 と思うに決まっているのだ。

 しかし、そう言わしめる何らかの問題があるのも事実で、車であれば、前方の危険を察知するシステムが研究開発されていたり、インターネットであれば、セキュリティーを向上させる実装が日々行われている。

 人は、規制するものがなければ、際限なく自分に都合のいいように物事を解釈する。金融に携わっている人たちが、「自分達は世界経済に欠かせない仕事をしているのだから、大金を手にしても当然だ。問題が起これば、国が助けるのが当然だ。」 と考えるようになるのも、あまりにも国の政策が金融に対してフリーハンドを与えすぎた結果といえる。

 国は、金融システムに重大な問題が発生しても、国全体がその悪影響を受けないように、金融システムから距離を置くべきである、というのが、私の主張だ。

 政府や政府機関が持つ資金も、様々な証券や投資で運用されている。そういった運用をすべて止める。国債の発行も止める。国は、手持ちの現金で、身の丈にあった運営を行うべき、という、私の主張だ。

 それによって、世界の経済発展から取り残されるかもしれないが、今回のような経済危機からも無縁でいられる。丁度、世界恐慌の時のソ連のような立場だ。

 日本国内の企業が、世界の金融市場から資金を調達したり、資金を証券などで運用することも、もちろん厳しく制限する。

 もっとも、そんなことをすれば、企業が海外にどんどん移転していって、日本国内にはろくな企業が残らないのは目に見えているのだが・・・。

 それでも、金融に詳しくない人たちが、自分達の預金や保険、年金といったものがなくなるのではないかと心配しながら生活しなくても済むようになるのは、社会の安定につながると思うのだ。

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 何度も言うようだが、これは私の暴論であり、暴言だ。とても、現実的な意見とは言えない。

 ところで、「現状維持は、衰退と同じである」 といった話を、経済界の関係者からよく聞くが、私には、「はたして本当にそうなのか?」 という疑問がいつもついて回っている。

 今後日本の人口は減少していくと予想されている。人口が減少しながらも経済規模を維持することが出来れば、一人当たりの経済価値は高くなっていくことになる。

 人類が誕生したときから、市場経済も証券市場もあったわけではない。人類にとって、現在の金融システムに変わる “何か” があっても、決しておかしくはない。それがなんなのかは、今の私にわかるはずもない。それでも、何かあるに違いないという根拠のない期待だけは持っている。

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