カテゴリー「映画・テレビ」の76件の記事

2009/11/15

最近のバラエティ番組のひどさはやはり芸人の質によるものだと思う

 私がテレビ番組のお笑い番組について苦言を呈したのは、もう3年も前になる。しかも嬉しいことに、この記事に対しては私のブログとしては多くの賛同のコメントをもらっている。

 そしてこの3年間でテレビのお笑い番組の質が向上したかといえば、残念ながら向上したようには思えない。むしろより低下しているようにも思える。

 そんなことを日々考えているため、テレビ番組を見る時間もめっきり減った。特にお笑い系の番組はほとんど見なくなった。バラエティ番組も吉本芸人が出る番組は特に見なくなった。

 そしてたまたまこんなブログが目に入った。

『めちゃイケ』に限らず、ある世代のお笑い芸人は「権威を傘にしたいじめ」を肯定している
(昨日の風はどんなのだっけ?)

 ここに私が普段ぼんやりと感じていたことが、はっきりと書かれていると思った。そう、最近のメインキャストは、弟子や後輩にどつかれていないのだ。

 たしかに、ドリフターズではリーダーであるいかりや長介氏は頻繁に反撃されて、ずぶぬれになったり、粉まみれになったり、真っ黒になっていたりした。そして最後のきめ台詞が 「だめだこりゃ」 だったことが強く印象に残っている。

 昔はどうだったか知らないが、少なくとも今テレビでレギュラー番組をもっている人たちは、使い古された言い方だが 『勝ち組』 である。高収益のテレビ放送という業務を独占的に行っているテレビ局に優先的使われている人たちは、当然、高額な収入を得ている強者と言える。

 その勝ち組であり強者である人たちの論理だけで番組が制作されていけば、今のような多くの人たちに嫌悪感を抱かせるような内容になるのは、必然であるように思われる。逆に言えば、80年代のお笑い芸人達には、自分がどのように見られるかということに十分に配慮をしていたということなのだろう。

 私の短い会社生活においても、管理職や古参が若手や新人をこき使ったりいじめているようにしか見えない組織は、一瞬良い成果を出すこともあるが、最終的にはうまく組織が回らなくなり消えていく。

 ただ、だからといって、管理職や古参がきちんの若手後輩を育てていて、組織として健全であるように見えても、最終的に十分な成果が上げられるわけではないところが残念ではある。

 それでも、いくら成果が上がらないからといって、粉飾や捏造、恫喝、脅迫といった反社会的な活動をする人はごく一部である。

 ところが、テレビ番組関係者、特にお笑い系番組の関係者は平気でしかもこぞって反社会的な行動を起こしているというようなことなのだと思う。

 やはり私が思うのは、繰り返しになるが、電波を使ったテレビ放送を一切止める。インターネットによるブロードバンドを使ったテレビ放送で放送局の独占形態を止める。完全な映像ビジネスの自由化をする。

 こうすることで、嫌悪感を抱かせるような番組やタレント達を淘汰していくことにつながっていくのではないかと思っている。

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2009/10/14

私が好きな映画のタイプは

 きっかけはサラウンドヘッドホン MDR-DS7000 を買ったことだ。

 以前にも書いたように、地上波やBSでは、5.1chサラウンド放送がほとんどないため、せっかくのサラウンドヘッドホンが、私にとって宝の持ち腐れになっていた。そこで、5.1chでのコンテンツを楽しむため、数年ぶりにDVDをレンタルすることにした。

 私は基本的にSFが一番好きで、スターウォーズやスタートレックがお気に入りだ。アニメでももっぱらSF中心で、ガンダム、ボトムズ、銀河英雄伝説や攻殻機動隊などがお気に入りとなっている。

 もちろんそれ以外にも良作と呼ばれるものは、ジャンルにとらわれずに見る。ロードオブザリング、ダイハードやトッツィなんかも好きだ。

 今回は、お気に入りの映画評論サイトでのオススメを元に、自分が見たいと思う映画をピックアップした。そして、3週間で20本ほどの映画を見た。ほぼ1日に1本の映画を見た計算だ。

 そうやって一度に多くの映画を見たら、自分の映画の好みをあらためて実感することができた。むろんあくまで私の個人的な嗜好であって、その映画の評価という話ではない。

 私が気にいる映画に共通するのは、

  • テンポがよくて展開が速く、同じシーンが延々と続くことがない映画

だ。ストーリーや設定といった要素も私にとっては重要な要素だが、仮にジャンルやストーリー、設定が私好みであっても、テンポが悪いだけで私はその映画を好きになれない。

 スターウォーズなど展開が速すぎて下手をすると1回見ただけでは話しについていけなくほどだが、それでも私は好きだ。ロードオブザリングも上映時間が3時間以上だが、無駄なシーンが感じられないため、それだけ上映時間が長くても私には苦痛にならない。

 今回借りた映画の中では ダイハード4.0ボーン・スプレマシーイーグル・アイ がテンポがよく、私には楽しめた。よくよく見るとどれもアクションを売りにする映画だった。スピード感が命のアクション映画で、展開が速いのはある意味当然か。

 とはいえ、ボーン・スプレマシーの続編である ボーン・アルティメイタム には、むしろもたつきを感じたので、アクション映画であればかならず展開が速いということでもなさそうだ。

 好きになれない映画は当然展開の遅い映画ということになる。

 いまだに私の中でのワースト映画は ゼイリブ という映画だ。前半にある格闘シーンがだらだらと続くのが最大の理由だ。ストーリーや設定自体は悪くないと思えるのだが、あのだらだらシーンだけで私の評価は格段に低くなってしまう。

 今回見た映画では ジャンパースパイダーマン3 がそのタイプだった。ジャンパーは設定が面白いと思うのに、二人の乱闘シーンがやたらと長く感じられ、それ以外の部分のテンポの悪さも含めると、上映時間は3分の2、60分ほどが適当だろうと思えた。逆に言えば、ビジネスとして上映時間を90分以上にするために無理やり無駄なシーンを盛り込んだようにも感じられた。

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 私もここで文章を書いていて思うのは、いかに短く簡潔で必要にして十分な内容を持っている文章を書くのが難しいかだ。

 優れた文筆家が書く文章は、短く簡潔でもはっきりと伝わる。私が自分の言いたいことを誤解なく理解してもらおうと思って書くと、どうしても文章がだらだらと長くなってしまう。

 私が映像にも短く簡潔でもわかりやすいものを期待してしまうのも、そういうところから来ているのかもしれない。

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2009/10/07

現状の3D映像技術の使い道は

 なにやら今の映像技術のトレンドは3Dらしい。

「CEATEC JAPAN 2009」が幕張メッセで開幕
-各社が3D展示。「CELL REGZA」「LED AQUOS」も

 私は以前にも現状の3D技術に悲観的な記事を書いた。その見解は今でも変わっていない。過渡的な技術としては必要な段階だと思ってはいるが、現状の3D技術が広く一般に普及するとはやはり思ってはいない。

 映画館では3D映画が好調らしいが、それは現状、家庭では見ることができない映像を、高いお金を払って見に来てもらうための映画業界の努力によるものだ。CG技術が進んだおかげで、CGアニメならば3D映像が簡単に作れるようになったというのも理由の一つだろう。

 これも繰り返しになるが、私が3D映像に必要と思うのは、一つの場面をさまざまな方向から見ることができるようになることだ。視点が変えられないならば、3Dである必要はほとんどないと思っている。

 ただ、一つだけ現状の3D映像技術の使い道となるかもしれないものがあった。それは、Microsoft が開発している “Project Natal” だ。

 “東京ゲームショウ2009” の記事この写真をみると、現状の Project Natal は、自分の身体を使ってゲームを操作するとはいえ、結局は画面内のキャラクターを操作するという点で現状のゲームから変わっていない。

 これがもし3D映像で表現できたらどうだろう。画面内に自分の分身となるキャラクターを置かずとも、自分の位置まで飛び出してくる(飛び出して見える)ボールをまさに自分の手足ではじくことができるようになり、より直感的でわかりやすい操作方法になる。

 もっとも、映像では感触を得られないため、手でボールをはじいているのが見えるのに、手には感触が伝わらないという不自然さが、次の問題として浮上してくるとは思うが。

 Project Natal で思い出したが、CEATEC JAPAN 2009 では3D映像と同じくらいに、リモコンや操作パネルなしで機器を操作できるインターフェースが多数展示されていたらしい。

 多くのテレビ報道は 「機器をより簡単にわかりやすく操作できるようになる」 ニュアンスで紹介していたが、私から見ればまったく逆である。身体の動きで機器が操作できるとはいっても、操作するための動きを覚えなければいけないのだから、かえって使いにくくなるようにしているようにしか、私には見えない。しかも、人の動きは安定していないため機能しなかったり、誤動作したりが多くなり、なおさら使いにくくなると思う。

 その昔パソコンのOSがDOSで、コマンドラインからパソコンを操作していた時に、さんざん 「いちいちコマンドを覚えなくては使えないようなパソコンなんか普及するはずがない。」 と言われて、GUIの Macintosh や Windows が受け入れられた。

 ところが、身体の動き、ジェスチャーによる操作は、再びコマンドラインからのコマンド入力に戻すようなものだ。それをマスコミがこぞって “最先端技術” と紹介しているのを見ると、いかにマスコミが本質を理解せずに報道しているかを思い知らされる。もしくは、わかっていてあえて大スポンサーである大メーカーに気を使って報道しているのか。

 私が見た中では唯一、朝のワイドショーで小倉智昭氏が 「せっかくリモコンの使い方を覚えたのに、また新しい操作方法を覚えなきゃいけないなんてやだよ」 的な発言をしていたのを聞いて、私は 「あ、まともなことを言ってるな」 と思った。

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2009/10/02

サラウンドヘッドホンで5.1chを体験 (後日談)

 MDR-DS7000 でより臨場感があるサラウンドを聞くには、DVDを視聴するのがよいことがわかったものの、そうそう頻繁にDVDをレンタルして映画を視聴するわけにもいかない。

 とはいえ、MDR-DS7000 の良い所は、5.1ch再生ばかりではない。無線伝送方式である MDR-DS7000 は、ヘッドホンをつけたまま家の中をあちこち歩き回れるのも、大きな特長である。

 私の住んでる部屋は、リビングダイビングとキッチンがカウンターで仕切られているため、キッチンで家事をしながらでも、リビングのテレビを見ることができる。しかし、家事をしていれば大きな音を立てることにもなるため、これまではテレビの音がよく聞き取れなかった。

 それが、MDR-DS7000 のおかげで、家事をしながらでもテレビの音をはっきりと聞きとることができるようになった。安くなったから買ったとはいえ、私にしてみれば1万5千円以上もしたヘッドホンは、けっして安い買い物ではなかった。それでも、ヘッドホンをつけたまま家中を歩き回れることを体験すると、「買って損はなかった」 と素直に思えた。

 さらに不思議なもので、MDR-DS7000 を買った当初は、どうしても音が頭の中心や頭上から聞こえてきてしまっていた。それがサラウンド感を感じられない要因でもあった。おそらく、「私はヘッドホンで音を聞いている」 という意識が強く働くためだろうと思っている。

 それがヘッドホンに慣れてきて、ヘッドホンから音を聞いていても映像のほうに集中できるようになってくると、なぜかだんだん音が画面のほうから聞こえてくるように感じられるようになってくるから不思議だ。

 目からの情報量は圧倒的に多いので、耳からの情報が目からの情報に引っ張られるということなのだろう。

 MDR-DS7000 ネタの最後に、MDR-DS7000 とは直接関係のない話をする。5.1chでの音の聞かせ方についての話し、というか私の個人的不満だ。

 あくまでも私が見た映画の範囲の話だが、どうも前後左右の音の移動の仕方が不自然に感じる場合が多い。

 どこを基点とした音を聞かせるかが、映画を作った人と私とで大きなずれがあるようだ。

 私は、その映画を見ている自分を基点とした音を聞かせてもらいたいと思っている。だが、多くの映画では、表示している映像の中心もしくは主人公を基点とした音を再生しているように思われる。

 たとえは、画面内の中央の主人公の右横を車が通り過ぎた時、私から見ると車は右前にある。私は右前から車の音が聞こえて欲しいと思うが、実際には真横から車の音が聞こえてくる。

 同様に、後方から聞こえてくる音を発生させているモノは、画面内には見えてほしくないのだが、多くの場合、画面の両端に見えていたりする。

 これは、映画をどのように見て、見ている自分を映画内のどの位置に置くかによっても感じ方が違ってくる話だと思うので、私の感じ方が正しいと言いたいわけではない。

 ただ、映像表現やストーリーだけでなく、音の表現の仕方に対しても映画製作者、主に映画監督の好き嫌いが出てきそうだということを感じた。

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2009/09/30

サラウンドヘッドホンで5.1chを体験 (後編)

 前回は、ソニー製サラウンドヘッドホン MDR-DS7000 を購入して、地上波放送の5.1chを聞いて、期待したほどの効果を感じられずに落胆した話をした。

 ちなみに、MDR-DS7000 には、“シネマ” と “ゲーム” というエフェクトがついており、それぞれ、ドルビー社とソニーの専門家達が監修をした音響効果で “映画” や “ゲーム” を楽しめるということだ。しばらく両方のモードを切り替えながら使ってみたのだが、残念ながら、その効果を私はいまひとつ感じ取ることができなかった。

 また MDR-DS7000 は、2chステレオであっても、擬似的に7.1chっぽく聞かせる仕組みが備わっている。なので、先ほどの シネマモード や ゲームモード と合わせて使うと、ヘッドホン端子からの2chステレオと、光デジタルケーブルからの5.1chサラウンドの聞こえ方に、極端な違いを私には感じられないという状況だった。

 それが大きく変わったのは、光デジタルケーブルの接続を、テレビからDVDレコーダーに切り替えてからだった。

 手持ちのDVDレコーダーは、アナログ放送を録画しかできず、ハイビジョンの記録再生もできない旧式だが、光デジタル音声出力にビットストリームで出力ができる。つまり、DVDに記録されている5.1chをそのまま MDR-DS7000 のプロセッサに直接送り込むことができるのだ。

 たまたま、地上波で録画した映画と同じDVDを持っていたので、DVDで再生して5.1chサラウンドで聞いてみた。すると、明らかに地上波放送での5.1chより臨場感のある音がヘッドホンから聞こえてきたのだ。

 「あ~、これがこのヘッドホンの本当の実力だったんだ」

とちょっとばかり感動してしまった。それほどまでに音の広がりが違って聞こえた。

 その後すぐに、もう一本光デジタル音声ケーブルを買ってきて、MDR-DS7000 のプロセッサにテレビとDVDレコーダーの両方をつなげた。

 同じ5.1chサラウンドといっても、ソースによってまったく聞こえ方が違うことがよくわかった。

 よりよい5.1chを聞きたければ、今のところはDVDを視聴するしかなさそうだ。ここ数年、ビデオをレンタルすることがなかったが、より臨場感がある音を聞くために、今度はDVDをレンタルして視聴しようかと思う今日この頃だ。

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2009/09/28

サラウンドヘッドホンで5.1chを体験 (前編)

 きっかけはこの記事だった。

ソニー、2.4GHz無線伝送の7.1chヘッドフォン (PC Watch)

 前から5.1chのサラウンドシステムを設置して見たいと思いつつ、狭いリビングにテレビが置いてある状況では、スピーカーを4つも5つも置けるはずがない私は、5.1chを完全にあきらめていた。

 しかしヘッドホンなら、設置や配線の手間も要らず、家族にも邪魔にされることなく5.1chサラウンドが導入できることに気がついたのだ。

 上記で紹介されている新製品の発売はまだまだ先のことだが、型番から容易にマイナーバージョンアップであることが予想できた。

 そこで、現行製品の情報を集めるべく、価格コムにアクセスしてみた。すると、新製品が発表されたこともあり、現行製品の MDR-DS7000 の値段が急激に下がっていた。また、MDR-DS7000 の価格コム内でのヘッドホン売れ筋1位だったので、それなりに評判がよい製品であることも推察できた。

 “サラウンドヘッドホン Wiki” でググってみると、まとめWiki サイトを見つけることもできた。このWikiにおいても、MDR-DS7000 の評価は高いことがわかった。

 価格が急激に下がり、発売当初の半額になっているのを見て、すぐに買うことにした。私のポリシーは、欲しいモノを3ヶ月待つことだが、3ヶ月待っていたのでは明らかに買い時を逸してしまうのが目に見えていたので、今回は速攻で購入した。

 現物はネット注文した翌日には届いた。

 さっそくテレビにつなげてみる。5.1chを再生させるための光デジタル音声ケーブルが付属していたのは助かった。なにしろ、光デジタル音声ケーブルを使うのは今回が初めてだったのだ。

 さっそく5.1chサラウンドを体験してみようと思って、ようやく気がついた。地上波放送、BS放送、どちらも5.1chでの放送が極端に少ないのだ。

 以前に、ハリーポッターの映画を録画した際に、5.1chだったことを覚えていた。そのため、今テレビで放送されている映画はほとんど5.1chで放送されていると思っていたのだが、番組表を検索して見ると、5.1chでの放送されている映画はほとんどない。

 5.1chでの放送は、むしろスポーツ中継が多いことにも気がついた。だが、残念ながら、私にはスポーツ中継を楽しむ趣味がない。

 幸いなことに、5.1chで放送されたハリーポッターの映画を録画して消さずに残していた。

 ワクワクして再生を開始したのだが、しばらく聞いていても 「ん~~~・・・・・」 という感想しか出なかった。私が 『期待していた』 サラウンド感を全然感じられなかったのだ。

 そこで、通常のヘッドホン端子に接続を切り替えて聞いてみると、こちらは明らかに普通の2chステレオの音で再生されていることがわかる。

 それからおもむろに5.1chの接続に戻してみると、たしかに2chステレオよりも広がった感じで音が聞こえることを感じ取ることができた。だがそれは、比較してみて気がついたことであり、5.1ch再生単独でそれを感じ取ることはできなかった。

 まー、「2~3万円のヘッドホンにそこまで期待するほうが悪い」 と言われれば、私もその通りだとは思うのだが、期待が大きかった分、ガッカリ感も大きかった。

 (つづく)

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2009/09/06

24時間マラソンに感じた違和感

 少し古い話しになるが、今年の日本テレビの24時間テレビで行われたイモトアヤコさんによる24時間マラソンがあった。

 御多分にもれず私の子供もイモトアヤコさんが大好きで、本放送の放送終了までと、後日放送された舞台裏の番組を必死に見ていた。

 私は全然興味がなかったのだが、たまたま舞台裏番組を子供と一緒に見た。そして、私はひどく違和感を感じたのだった。

 イモトアヤコさんが自分の限界に挑戦したこと、あるいはタレントとして自分を売り込むために挑戦したことは、私にもよく理解できるし、それらについては私もまったく違和感がない。

 違和感があるのは、“企画意図”、“運営方法” そして “編集・構成” といった部分に関してだ。

 テレビ番組のエンターテイメントとしては、『苦悩』、『苦痛』、『悲壮感』 といったもの、ぶっちゃけて言えば 『不幸』、が絵になり、結果的に 『感動』 につながるため、やたらと 『不幸』 のベクトルを大きくしようとする力が働く。

 現に今回の24時間マラソンでも、イモトアヤコさんが膝や股関節の激痛、あるいは睡魔といった不幸をやたらと番組で誇張しているのが、私にはとても不快に感じた。

 これは私が会社勤めにおいて、大きなプロジェクトに長くかかわって仕事をしてきたことに関係していると思う。

 そもそも、「大きなドラマ」 があるようなプロジェクトは、結果として成功したとしても、プロジェクトとしては半分失敗である。真の意味のプロジェクトの成功は、事前に起こりうるトラブルを予測して、トラブルがあったとしても想定内のこととして、大きなドラマが起こることなく成功裏に終わることだ。

 今回の24時間マラソンでいえば、目標は 『イモトアヤコを放送時間内にゴールさせる』 ことがプロジェクトの目標だったはずだ。

 ところが、「ゴールさせること」 には成功したものの、「放送時間内」 という目標は達成できなかった。この意味で、24時間マラソンプロジェクトは失敗だったといえなくもない。

 リスクを最小限に抑えるためには、「確実に時間内にゴールできる人選をする」、「確実にゴールできる距離を設定する」 など、リソースや仕様に制限を設けることが必要だったはずだ。

 もっともそれをしてしまえば、テレビ番組としてはヤマ場もドラマもなくなって、視聴率的には(テレビ局として)うまみがないものになってしまうだろうことは、私も十分承知している。

 それでも、途中で休憩時間をなくしたり、鎮痛剤を投与したりして、イモトアヤコさん一人に負担を押し付けたように私には見えてしまい、ずっと以前に私がかかわっていたプロジェクトとダブって見え、それで私には強く違和感を感じたのだった。

 私個人の勝手な違和感はさておき、テレビ局としては、イモトアヤコさんが時間内にゴールできなかったことは、むしろ成功だったと思っているかもしれない。その後に放送した選挙速報番組が、他局より断然高い視聴率を稼いだためだ。

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2009/02/16

さらば、RD-2000

 RD-2000とは、東芝が2000年に発売したHDDビデオレコーダーのことだ。

 RD-2000が発売された翌年に、それまでメインで使っていたVHSレコーダー壊れたため、我が家では2001年の8月にRD-2000を購入した。確か20万円ぐらいしたと思う。ちなみに、その時に壊れたVHSレコーダーは1987年に買ったビクター製だった。14年間ほぼ毎日使っても壊れなかった優れものだった。

 HDDへの長時間録画は快適そのものだった。メニューから見たい番組を一発で再生。巻き戻しもいらない。頻繁なテープの入れ替えもいらない。そして、RD-2000を使い始めてから、ビデオテープはすぐに使わなくなった。

 RD-2000を買ったときはまだVHSテープの資産もだいぶあったので、同時に安いVHSレコーダーも購入している。RD-2000のポイントで買ったものだ。(笑)  それは今でもテレビの下に設置してあるが、8年間で数えられるほどしか使われていない。

 RD-2000にはリコール問題があり、『HDDが突然動かなくなる』 というものだ。我が家のRD-2000も見事にその問題に遭遇して、無償でHDDを交換しもらった痛い経験もあった。もちろんその時に録画はしたものの見られなかった番組がいくつもあったことも、今となっては思い出だ。

 そして、3年が経った2004年にRD-2000のDVD-RAMドライブが壊れた。DVD-RAMに書き込みができなくなったのだ。HDDに問題はなかったのだが、長期間保存のためにDVD-RAMに書き出しできないと困るため、新しいHDDビデオレコーダーを買い足した。

 DVD-Videoは見られたので、RD-2000はDVDプレーヤーとして使ったり、録画したい番組が重なった時のサブ機として使っていた。

 ここ2~3年はサブの14型のブラウン管テレビにつなげて、DVDプレーヤーとして働いていたRD-2000だったが、先日とうとうHDDの寿命が来た。『HDDが認識できません』と言ってきたのだ。

 RD-2000に搭載されているHDDはAV危機用の特殊なもので、一般に売られているHDDでは置き換えができない。DVDドライブは数年前から書き込みができない。修理を頼めばおそらく数万円は取られるだろう。なにより、アナログ放送しか録画できないのに、そのアナログ放送は2年後になくなると政府は言い張っている。(本当にできるかどうかは私は疑問だが。)

 となれば、やはりRD-2000は廃棄するしかない。

 このRD-2000、最高級機として発売されただけあって、作りはとてもよい。情報表示部もFL管の多層表示だったり、操作パネル部に電動のドアがついていたりと。デザインも高級感があって私は好きなのだが、動かないのではさすがに置いておいてもしょうがない。

 RD-2000は我が家のテレビ視聴スタイルを大きく変えた思い出深い機器だ。昨年、HDDレコーダー内蔵のテレビを買ったのも、RD-2000でHDD録画の便利さを知ったからこそだ。当時20万円とかなり奮発して買ったのだが、その価値は十分にあったと思っている。

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2009/02/04

ハイビジョン映像、きついな~

 先日BS放送で “エイリアン4” を放送していた。私は、エイリアン シリーズがけっこう好きでシリーズは全部観ている。“エイリアン vs プレデター” も観ている。

 さて、放送されたエイリアン4を録画してから観たのだが、エイリアン シリーズをハイビジョンで観るのは、これが初めてだ。半分期待しながら観はじめた。ちなみに、エイリアン4自体は、以前にアナログ放送で放送されたモノを21型のブラウン管で観ている。

 だが、いきなりオープニングで気持ち悪くなってしまった。オープニングでは、物語中盤で明かされるクローンの失敗作の部分部分がアップにされるのだが、中途半端にリアルなため、変に想像出来てしまいさっそく気持ち悪くなってしまったのだ。

 仕方ないので、オープニングはサクッと飛ばして、本編を観ることにした。

 初めて観るハイビジョンのエイリアン本体は、やたらと精巧に撮られており、作り物と知っていてもどうにも嫌悪感を感じてまった。

 エイリアン シリーズはSFの形を取ってはいるものの、作りはホラーでありスプラッタ映画だ。当然、人は次々に虐殺されていくし、血しぶきも飛びまくる。

 アナログ放送時代であれば解像度が低く、私の使っていたテレビの画面も小さかったため、「あっ、なんか赤いものが飛んだ」 程度で済んでいた。

 ところが、ハイビジョンで42型の大画面ともなると、血しぶきの陰影や一瞬で飛んでいく臓器のようなものの細部まで見えてしまう。

 作りモノと割り切って観ることができる人には、どーってことはないようなシーンでも、私はそこにリアルなモノを投影してしまうため、とてもではないが始めから終わりまでを休みなしで観ることはできなかった。

 結局、前半を観て、半日ほど休憩を挟んだ後、後半を観た。

 いや~、ハイビジョンのスプラッタモノがここまできついとは思わなかった。精神的にきつい。

 とりあえず、ハイビジョンではスプラッタ映画やホラー映画は絶対に観ないことにした。

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2009/01/28

「英雄を必要とする国が不幸なんだ」

 最近毎週 NHK が放送している 『世直しバラエティ カンゴロンゴ』 を見ている。内容が面白く、共感したり考えさせられたりすることも多い。夏川純ちゃんのかわいいチャイナ服見たさというのもあるけど。coldsweats01

 さて、今週のお題は 『“下流志向”の君へ』 だった。最近の、なんでもあきらめた考えをする人たちの話だ。

 中学生、高校生ぐらいの子供たちが、「いつか死ぬのだからなにをやっても無駄」、「勉強したところで将来役に立つとは思えない」 と考えるのはよくあること。実際私も、そんなようなことを考えていた時期があった。思春期というやつだ。think

 ところが、私が気になって共感できなかった部分がある。それは、「“偉くなりたい”と思う高校生が日本では少ない」、「のんびりと生活したいと思う高校生が日本では半数」 という調査報告を出して、それがさも大問題のように表現している部分だ。

 テレビ番組に出ているタレント、企業を経営している人、大学で教授になるような人、さらにテレビ番組を作っている人達は、上昇志向の塊のような人がほとんどだ。そんな人たちが作る番組なので、“まったり志向” の人たちが理解できずに悪者に仕立て上げようとするのだろう。

 この番組にかかわらず、ワイドショーや報道番組を見ても、日々そつなく平穏に暮らす人たちをとかく非難する傾向が見られる。

 だが私には上昇志向が必ず正しいとは、どうしても思えない。

 私の経験から、上昇志向の強い人が周りを巻き込んで、周りの人を混乱に落としいれたり、無用な対立をまねいたりしたのを何度も見ているからだ。強い上昇志向は、本人は幸せかもしれないが、関係した多くの人を不幸にする場合が圧倒的に多い。

 もう一つ、「努力すればいつか報われる」 という現実に即さない煽りも、私には不快に感じた。

 だからといって 「必ずしも報われないのだから、努力しても無駄」 などとは、私も思わない。“努力” はすべきなのだ。ただ、努力したからといって “その努力が必ず報われるとは限らない” ということを覚悟しておいてもらいたい、と思っている。

 実際に私は自分の子供には、「努力をしなければ成功しない」、「だけど努力をしても自分の思い通りにならないことも多い」、「思い通りにならなくても、努力の過程で身につくものが必ずある」、「だから努力をしろ」 と教えている。「努力をすれば報われる」 などと現実には保証できないことを子供の頃からすり込まれて、1回の失敗で立ち直れなくなるような人間になって欲しくないからだ。

 そんなことをモヤモヤと考えていたら、別な番組でとても共感できる話をしていた。

 それは、イタリアの科学者 『ガリレオ・ガリレイ』 の生涯を戯曲にした 『ガリレイの生涯 (岩波文庫 赤 439-2)』の一説である。

弟子 「英雄のいない国は不幸だ!」
ガリレイ 「違うぞ。英雄を必要とする国が不幸なんだ。」

 この短いやり取りの中に、真理の一つを見た。

 前々回に書いた “オバマ氏、米国大統領に就任に思う” でも似たようなことを書いた。「ブッシュ氏が米国をめちゃめちゃにしたために、オバマ氏が選ばれた」 と。日本でも英雄待望論が強くなってきていることから、やはり日本も不幸になってきているのだろう。

 そう考えれば、「食える分だけ働いて、のんびり暮らしていきたい」 と思うことは、決して非難されるようなことではないと思う。それだけ国や社会が幸せであるということでもあるのだから。

 しかし、今後は日本の中高生も 「偉くなりたい」、「金持ちになりたい」 という子供達が増えてくるのではなかろうか。それは日本の(役人でもなく政治屋でもなく)国民が不幸になったことでもある。

 私自身も流れを変えてくれる政治家の出現を望んでいるということは、日本が不幸になりつつあることを、ひしひしと感じていることに他ならない。

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