カテゴリー「芸能・アイドル」の3件の記事

2008/02/25

腐女子の実態に迫る?

 いや~、なんともすごい分野があるものだ。

裸の男子の汗をふき、「ヘブン顔」を勝ち取れ
――バンダイナムコ「乙女ゲー」開発秘話

 ITmedia News [2008年2月22日]

 別に私はこれが特殊なものだとは思わない。私を含めた男が、“女性の胸に顔をうずめてみたい” と思ったり、“膝枕してもらいたい” と思ったりするのと同じようなものだと思うからだ。

 と同時に、私には理解できない世界でもある。社内男性陣の、

  • 「これ……面白いの?」
  • 「……もう、好きにやってみればいいじゃない」

という反応のほうが、やはり私には理解しやすい。

 もう一つ面白く読んだのが記事の下にリンクしてある座談会だ。

緊急座談会:
激白! 腐女子のホンネ

 ITmedia News [2007年12月7日]

 昔は今よりもずっと濃いヲタクだった自分を振り返りながら読んだ。

 声や声優が重要な要素であるというのは、私には遠い世界だ。男の側でも声や音楽にこだわる人は多い。だから、ゲームメーカーもゲーム内のボイスや音楽にはずいぶんと気を使っているようだ。しかしどういうわけか、私は昔から声や音楽が気になったことがない。

 逆に 「デッサンとか狂ってると萎えますよね。」 という意見にはかなり賛同できる。最近は、顔はすごくうまくかけているのに、全身は妙にバランスが悪いマンガをよく見るし、とても気になる。

 どんな彼氏がいいか、という質問に対して、

  • 自分を放っておいてくれる人
  • 自分の趣味を許してくれる

という話が出ている。うちのカミさんはものすごく英語が好きで、休日に英語教室に通っているぐらいだ。私はといえば、「英語なんてなければいいのに」 と思うぐらい英語が嫌いで、選択科目だった高校三年生の英語を取らなかったぐらいだ。それでも、カミさんが好きな英語に金や時間を使うことは気にならない。積極的に協力もしていないが、反対もしていないといったところか。ということは、私は 「包容力のある男」 ということになるのだろうか。

 まぁ、私は単に、自分が好きでやっていることにあれこれ口出しされたくないので、他の人が好きでやっていることに口を出さないだけなのだが。

 座談会の最後で 「別のカップリングの人たちが集まると、(中略)、お互い気をつけて話すんです」 という部分がある。これは私も同じだ。同じガンダム好きが集まったとしても、こだわっている部分が違えば、やはりそれなりに気を使って話をする。

 だから、男性ヲタクについてのコメントも、やや行き過ぎた人たちに対するものだけだったの残念だった。彼女らがコメントした人たちは、腐女子サイドで言えば

  • 自分の描いたものを声優さんに送る人
  • 作家に送る人
  • 電車やバスの中で堂々と同人読んでる人

のグループに入る人たちだ。

 メディアでコメントを求められたときに、どうしても極端な人たちを代表者のようにあつかってコメントをしてしまう。せめて、メディア側の人間がそういう部分に注意を払ってほしかった。

 そういえば、ユーザビリティ テストをしていたときも、被験者が 「初心者には」 とか 「初心者にとって」 など、自分ではなくステレオタイプな初心者を引き合いに出してコメントしたときは、要注意だった。

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2007/11/02

テレビでいじめ

 なにげにテレビのチャンネルを切り替えていたら、こんな番組をやっていた。

「勝手に秋祭り!芸能人恥ずかし映像100連発!!」 (日本テレビ)

 ゲスト出演者達の過去の恥ずかしい映像を、みんなで見て笑いものにしようという企画だ。

 過去に放送されたものを、もう一度見て笑い者にするのは、百歩譲って仕方ないとしよう。そこに出演した者は、当時それで稼いでいたのだから。

 しかし、個人のケータイ メールの内容を、本人が嫌がっているにもかかわらずテレビで公開したり、個人の住まいに勝手に上がりこんで、洗濯カゴの中の物をアップで放送するのは、さすがに許容できなかった。

 番組で放送した内容は、おそらく脚本に従った広い意味での “ヤラセ” だろう。しかし、それを見た小学生、中学生はどう思うだろうか? 場合によっては、高校生や大学生でもまねをしそうだ。

 おりしも、小学生、中学生の間では、ケータイでの掲示板を使ったいじめが深刻な問題になっている。この番組は、そういった人のプライベートを暴露するタイプのいじめを増長させているようにしか見えない。

 1年前にも私は同じように、“テレビといじめ” について、苦言を呈している。

テレビといじめと

来年の今頃も、また同じような苦言を呈しているのだろうか。「来年はこういう話をしなくてもすむ」 自信は、私にはない。

 テレビが “公共のもの” という建前のまま、一部の人間によって私物化されて久しい。公共性、中立性 がさかんに喧伝されているが、実態は “特定目的”、“商業的偏向” にしかテレビはもはや使われていない。

 「電波による番組放送、一部のテレビ局に特権的に与えられた権利を、直ちに停止せよ。番組放送は、電波資源に依存しないネットワーク配信で行え」

という一年前の私の主張は、今もって変わっていない。むしろ、その気持ちは日に日に強くなっている。

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2007/06/09

それは違うと思うぞ

出演者やスタッフにいまだに降りかかる映画「デスノート」
  ゲンダイネット [2007年6月5日]

 “高瀬比呂志氏が脳梗塞のために急逝” は、たしかに予期せぬ不幸だったと思う。

 しかしそれ以外の、

  • 作画を担当する漫画家・小畑健が銃刀法違反の容疑で逮捕
  • 中村獅童は昨年7月に道路交通法違反で書類送検、竹内結子とドロ沼の離婚騒動
  • 上原さくらが無免許運転とスピード違反で摘発
  • 戸田恵梨香はバラエティー番組の中で不用意な発言をしたことで、テレビ局に抗議が殺到
  • L役の松山ケンイチの初主演ドラマは視聴率がボロボロ
  • 主人公の藤原竜也が舞台げいこ中に過労でダウン

は、全部自分が悪いんだし、注意していればおそらくは防げた問題。まあ、視聴率はいくら個人でがんばってもどうしようもないかもしれないが。

 本人達にとってはたしかに “不幸” なのだろうけど、そんな重箱の隅を突っつくような事柄を引っ張り出して、“デスノートの呪い” とか言い出して、なおかつ大々的にニュースとして、担当者や編集者は恥ずかしくはないのだろうか?

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